第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
「…フランス行くこと言っちゃうとさ、寂しい思いさせちゃうでしょ」
何を当たり前のことを言ってるんだといわんばかりの顔の獅音に、また笑いそうになる。
きっとちゃんも今の獅音と同じこと考えてたんだろうな。
だから、俺の本当の想いには気付かなかったんだ。
「早く言えば言うほど、長く寂しい思いしなきゃいけないじゃない。だから」
「出発直前に言えばいいって?」
「うん」
「……お前、それは配慮するべきところズレてるだろ」
「そーかな。そりゃビックリはするかもだけど、出発までずーっと寂しい寂しいってなったら嫌じゃん」
「それはさ、」
言いかけて、珍しく獅音が乱暴にグラスをテーブルに置いた。グラスの中身が大きく揺れてグラスの外に飛び出す。
袖口が濡れてじわりと広がる染みから、獅音の顔に視線を移すと、吊り上がった眉が目に入った。
「お前が寂しがるさん見たくないってだけじゃないのか」
「そりゃ見たくないよ。ちゃんにはいっつも笑顔でいてほしいモン」
「天童、それは自分勝手すぎるだろ。さんのこと、もっと考えてやれよ。寂しい思いさせるより酷いことしてるんだぞ、お前」
そーかな、って喉元まで出てきたけど飲み込んだ。
さすがにこれ以上の反論は空気悪くさせるばっかりだって分かる。
けどね、獅音。ちゃんと話せばちゃんなら納得してくれると思うんだよね。
すれ違ったりぶつかったりして積み重ねてきた4年間は、伊達じゃないから。
「…起きたら、ちゃんと謝るよ」
「そうしろ。まったく、お前ってやつはいつもいつも」
「ごめんね獅音」
「俺に謝っても仕方ないだろ」
「んでもさ。俺となんかあったらちゃんが頼るのはいつも獅音デショ。だから迷惑かけて申し訳ないなぁって」
ちゃんも俺も獅音も。3人とも同じ高校、白鳥沢出身で、同じクラスだったり同じ部活だったりしてつるむ様になった。
高校卒業後はちゃんと獅音が同じ大学に進学したから、今日みたいに3人で飲むこともままあった。
時々、俺抜きで2人で飲むこともあったみたい。まぁそんなときはちゃんの女友達とか、他の友達も一緒だったみたいだけど。