第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
…いや、でも海外に行くこと黙ってるのはなくない?
そこはちゃんと話しておくべきじゃないのかな。
ギリギリまで言わなかった理由ってなんなんだろう。
言いたくないから、逃げてた?
そうなるとやっぱり、悪い方向にしか考えが浮かばない。
「……」
「大丈夫か?」
「ん、だいじょぶ」
「ちょっと水でも飲んで休憩した方がいいぞ」
「んー……」
獅音くんの優しさが身に染みる。
これだけ飲んでもまだ覚くんは来ない。
今日が最後になるんだったら、せめて早く来てよね。
いや、まだ最後だと決まったわけじゃない、んだよね。
もうよくわかんない。頭がまわんない。
「覚くんの、バカ……」
最後にそんなことを言ったような気はする。
腹立たしさと悲しさとがグチャグチャに混ざった気持ちのまま、深い眠りに誘われて目を閉じた。
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「ごめーん、遅くなった……ってアレ?」
ふすまを開けて目に飛び込んできたのは、机に突っ伏して眠っているちゃんの姿だった。
向かいに座っている獅音に目をやると、冷たい目で俺を見てくる。
俺が来るまでに何があったのか、大体予想はつく。
「獅音、ちゃんに話しちゃった?」
「フランス行きのことか? ああ、話した」
失敗だった。口止めしておけばよかった。
待ち合わせ時間にこんなに遅れるとは思ってなかったし。
「天童、お前なんで彼女に話してないんだ。さん怒ってたぞ。それにお前に振られるんじゃないかって心配もして」
「それで酔いつぶれちゃったワケね」
ちゃんの頬に残っている涙の筋を見つけて、指先でなぞる。
くすぐったそうに眉が微かに動いたけれど目を覚ます様子はなかった。
「なぁ、まさかホントに別れ話するつもりで──」
「そんなわけないデショ」
「じゃあなんで話しておかなかったんだ、あんな大事な事」
まるでちゃんの代わりに怒ってるみたいな獅音の剣幕に、笑いが漏れ出てしまう。
「おい天童、笑い事じゃ」
「ごめん。俺の口元が緩いのは獅音も知ってるでしょ」
「そういう問題か?」
あんまり言うとホントに怒りだしそうだから、力を入れて極力口端を下げるように頑張った。