第15章 スモーキー・ブルース/烏養繋心
「…俺がいない間、店の手伝いとかしてくれてたんだろ。あんたこそ疲れてんじゃないのか。人の家で気も遣うだろうし」
「働くのは好きですから。お義母さんも優しいし」
…変わり者だな。
初対面の人間の実家に押しかけて、朝から晩まで働いて。
母ちゃんのことだから、いくらかお金を渡したのかもしれないが、それだってそこらのコンビニでアルバイトして稼ぐのより少ないはずだ。
一体何がそんなに彼女を突き動かすのだろうか。
「…分かんねぇ。いくら考えても、分かんねぇ。あんたはなんでそんなに俺にこだわるんだ?」
朝、聞きそびれていたことだ。
結婚に執着するのは、そういうやつを見たことがあるから分からんでもない。
だが、その相手に、何故俺を選ぶのか。
そこがどうにも理解出来ない。
「……一目惚れだったんです。結婚するなら、この人の奥さんになりたい、毎日おいしい食事を作ってあげたい、って」
一目惚れ。
見合いの写真か何かを見て、ってことだろうか。
世の中には変わった趣味の奴もいるもんだ。
この見た目で怖がられることはあっても、一目惚れされたことなんて、初めてだ。
「……自分でいうのもなんだが、俺はいい男でもねぇし、稼ぎが良いわけでもねぇ。アンタが想像してるほど、いいダンナにはならねぇと思うぜ?」
「そんなことないです」
間髪入れずにさんが言うものだから、驚いて思わず彼女の方を見てしまう。
運転中だったことを思い出して、すぐ前を向いたものの、俺を見ていた彼女の目は真剣だった。
「なんだかんだで、私を受け入れてくれてるじゃないですか。朝だって、上着を貸してくれたり、あったかいお茶をいれてくれたり」
「それは、別に普通のことだろ。受け入れてるっつーか、なんつうかさ。つーか、アンタの押しが強いだけで……」
「今だって、こうやって家まで送ってくれるし」
「そりゃ母ちゃんにああ言われちゃ断れねぇだろ。…それに色々やってもらってんのにバス乗って自分で帰れってのも、こっちの気が落ち着かねぇだろ」
「ふふ、そういう優しいところ、好きです」
「……」
さんは無邪気に笑っているが、俺はなんて返していいのか分からなかった。
結婚する気も、付き合う気もない。
追い返そうとしても、へこたれない。
脅してもなだめすかしても、効果なし。