第15章 スモーキー・ブルース/烏養繋心
「……さん。俺は、アンタと結婚する気は、ない」
「今は、ね」
ニコッと笑ってさんが付け足しのように呟いた。
「今日は突然お邪魔しました。また来ますね、繋心さん」
「もう来なくていいから」
しっしっと邪険に手で追っ払う。
それでもさんは俺に構ってもらったのが嬉しそうに、笑顔を浮かべている。
──この日、嵐のようにやってきた見合い相手は、嵐のように去って行ったのだった。
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「繋心、畑の方頼むよ」
俺の重い瞼をこじ開けるように、母ちゃんは容赦なくカーテンを開く。
ただカーテンの向こう側はまだ薄暗く、シャッとカーテンレールの擦れる音だけが響いた。
「…わぁってるよ……」
携帯のアラームが鳴るまであと数分だっていうのに。
気が短い母ちゃんの体内時計が恨めしかった。
何度も大きなあくびをしながら、適当にそこらに転がってる上着を羽織る。
軽く歯を磨いて顔を洗ってから、玄関にある籠とハサミを手に、畑へと向かった。
「おはようございます!!」
畑に着くなり、早朝とは思えない明るい挨拶がとんできた。
目の前の光景に、思わず頭を抱えた。
「……なんでアンタがいるんだ。こんな朝っぱらから」
昨日、見合い相手だと店に乗り込んできたさんは、アームカバーに長靴と、農作業にピッタリのスタイルで俺を待ち構えていた。
「農家の朝は早いですからね!」
「そうじゃなくてよ」
「2人でやれば早く終わりますし」
「そうだけど……。いや、そうじゃなくてだな……」
頭が痛い。
昨日と同じで会話が微妙に噛み合わない。
コイツ、このままゴリ押しで本気で俺と結婚する気なんだろうか。
「昨日も言ったけどよ、俺まだ結婚は」
「する気ないんですよね。分かってます」
「そりゃ話が早い。じゃあ」
「だから考えたんです。お試しで私とお付き合いしてみませんか?…もちろん、結婚を前提として」
「……」
絶句してしまった。
さんは満面の笑みで、さぞいいアイディアだろうと言わんばかりの顔だ。
こんなに押しの強い見合い相手がこの世の中にいるのだろうか。
結婚前提のお試しのお付き合いってなんだよ。
了承したら結婚一直線なコースじゃねぇか。
俺は逃げ道を塞がれたような気分になった。