第11章 新年のご挨拶/西谷夕
ぼんやりと、去年の夏のことを思い出す。
ー昨年の夏ー
「頼む! お前の時間のある時でいいから勉強教えてくれ!」
突然部屋に上がり込んできて土下座する夕に、ビックリしすぎて声も出ない。
急に一体どうしたの、と言葉を返した私に、夕は勢いよく顔を上げた。
真剣な面持ちに息をのむ。
「……赤点取ったら、合宿に行けねぇんだ」
合宿。ああ、それで。
ここまで夕が真剣になるなんて、考えてみれば答えは一つしかない。
小学校の時から続けてきたバレー。
彼が真摯に向き合うものと言ったら、それしかない。
「私もテスト勉強しないとだから、そんなにつきっきりでは教えてあげられないよ? 烏野とは範囲も違うしさ」
「お前の勉強のついででいいから! 頼む!」
聞けば、私の家に来る前にもバレー部の同学年の人達とも勉強していたようで。
そこまで必死になっているのならと、テスト勉強に付き合うことを承諾した。
…のに。なのに。
勉強の合間の休憩中、何気ない会話の中で夕がぽろりとこぼした言葉に、私の心は打ちのめされることになる。
「合宿ってどこでやるの」
「音駒…つっても分かんねぇか。東京でやるんだ、東京で」
「そんな遠いとこまでわざわざ?」
「おう。強豪校が集まって合宿すんだ。今度そこに俺らも混ぜてもらえることになってよ」
目を輝かせて語る夕に「そっか」と頷く。
「それじゃあ期末絶対落とせないね。そんな貴重なチャンス、滅多にないだろうし」
「おうよ! 貴重も貴重だぜ……なんてったって潔子さんと一つ屋根の下…!」
『潔子さん』
その名前に、ズキンと胸が痛む。
高校に入ってから、時折耳にするようになった人の名前。
一つ上の先輩で、とても綺麗な人なのだと聞いた。
うちのバレー部の人も会場で見かけたことがあるらしく、バレー部男子界隈ではわりと有名な人らしい。
昔から可愛い子とか綺麗な子、好きだったから。
またか、って始めのうちは思っていたけど、今回の『潔子さん』には相当ご執心のようで、同じバレー部の人と親衛隊を立ち上げるほどだった。
夕の潔子さんに対する感情はただの憧憬には思えなくて、私の顔は自然に険しいものになっていった。