第1章 名前
引っ越してきて二週間。
ここならあたしの事を知る人もいないだろうし。色々なことを聞かなくて、知らなくて済む。
普通に過ごせばいい。もう全部忘れて。普通の高校生として。
退屈な入学式を終え、自分の席に着くとプリントがおいてあり、名前を記入する作業が待っていた。ふと隣を見るときちんとプリントが整えて置かれており、丁寧な字で名前が書かれていた。
月島蛍…
男の子だし、ホタルじゃないんだろうなぁと思いながら見ていたら昔読んだ事のある小説に蛍子(けいこ)という主人公を思い出して。
つい声をかけてしまった。
「ねぇ、名前…」
「なに?」
彼はこちらを見向きもせず、返事をした。
「名前、もしかしてほたるって書いてけいって読んだりする?」
「…だったらなに?」
「え?あ、綺麗な名前だなぁと思って」
綺麗だと本当に思ったから。月に蛍。なんて幻想的な名前なんだろうと。
そう思っていると、彼がやっとこちらを向いてくれた。
何故かすごく嬉しくて。
「…っていうか、僕は君の名前しらないんだけど?」
「あっ、ごめんね。あたしは佐々木由佳っていいます。よろしくね」
友達になれたらいいなっなんて自分勝手な考えで再度彼に話しかけていた。
「あっ、蛍!あたしね、スマホにしたばっかりで…電話帳も空っぽなの。もし良かったら連絡先交換しよう?」
仲良くしたいから名前で呼んでみたけれど、拒否されなかったからこのままでいいのかなと思いつつ返事を待っていると
連絡先交換の返事代わりに番号が表示されたスマホをあたしに渡してきた。
今までガラケーだったからスマホが使いづらくて苦戦しつつも登録し終える。
「見てみて!蛍が一番最初だよ!」
こちらに来て初めての友達…。引っ越しと同時にすべてを捨ててきたから。
アプリの話とかも聞いておこうかな?なにもわからない状態だし。
「蛍はメッセージアプリ入れてる?あたしまだ入れてなくて…。あと、おススメのアプリとかあったら教えて~」
「このメッセージアプリが一番使われてるんじゃない?おススメは後でいいデショ」
彼は再度スマホを見せてくれた。
彼が使っているアプリをストアからダウンロードし起動させると彼の名前が友達欄に表示された、それが無性に嬉しくて