第2章 私の弟
とある日。
私は大きな扉の前に張り付いていた。
「ねえ、ねえ。おかあさまはだいじょうぶ?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。今、奥様は頑張っておられますから」
そう。この扉を挟んだ向こう側で、お母様のお腹から新しい命が生まれようとしているのだ。
扉が分厚い所為で微かにしか聞こえないが、お母様の苦しそうな声が漏れてくる。
出産は、命懸けだ。
本当は側にいてあげたい。手を握って、大丈夫だよって励ましてあげたい。
でもこんな小さな身体では邪魔になるだけだと分かっているから、部屋の外にいる。
お父様はお仕事中だったけど、お母様の陣痛の知らせを受けて直ぐに帰ってくるそうだ。
歯がゆい。
お母様が苦しんでいるのに何も出来ない。
仕方ない事だとは分かっているけど。お母様の苦しそうな声を聞いてるのがつらい。
「今帰った! 妻の容態は!」
お父様が帰ってきた。
その額にはびっしょりと汗が流れていて、どれだけ急いできたかを物語っていた。
「クロノ、大丈夫だ。お母様はクロノの時も頑張ってくれただろう?」
「……うん」
不安で泣き出しそうになっている私の身体を、お父様が抱きしめてくれた。
どれだけそうしていただろうか。
小さな、けれども力強い鳴き声が響いてきた。
閉ざされていた扉が開く。
「おめでとうございます、旦那様、お嬢様。……元気な男の子にございます」
産婆さん越しに見えたお母様は泣きながら、生まれてきた小さな命を抱きしめていた。