第10章 彩稼。
ぱたりと倒れ込み、夏を思い出す。
「姫さまぁ⋯私⋯⋯藍州に行きたいわ」
蒼白い月を見て思い出す。
優しく心がざわりとして、心地よかった事を。
「藍州?」
「ええ、あの山には白黒の猫がいるのよ!物凄くかわいいの」
「⋯瑠花、コイツはどう言うつもりだ」
「そうか、なら、今度行くか」
「本当に!?わぁい!わぁああい!」
むくりと起き上がると何度か転びながら瑠花にたどり着く。
雪まみれの千代。
暖かく、とても、温かかった。
「さ、湯浴みをして休むんじゃ」
「えーーーーもう少しいいでしょう?今来たばかりよ!」
「明日またこれば良い」
優しく千代の頭を撫でると、千代は目を輝かせて頷く。
立ち上がりキョロキョロと侍女を探す。
その彼女の手首を掴もうと手を伸ばすが、つかめなかった。
確かに。
触れた気がした。
温もりが予想されたのに、透けた。
「誰もいないのね⋯湯浴みに行っていいのかしら?」
「構わぬ、ほれ、髪がべしゃべしゃじゃ」
「えへへ、良いんですよ、では、行ってまいりますね」
ひらりと遊びに行くように掛けていく。
走るなと瑠花が声を上げるととぼとぼ歩き手を振っていた。
戩華はただ、自分の手を見つめていた。
「何をさっきからしておるのじゃ」
「あの娘は⋯幽霊か?」
「幽霊が湯浴みなど聞いたことがない」
「⋯何故お前は触れられた?」
瑠花は眉間を寄せる。
「なにかの用事で来たのだろう」
「あぁ、お前の行動がおかしいと聞いたからな」
「はぁ⋯暇なやつめ、妾はこの通りあのお転婆娘で手一杯だと言うのに隠居生活に飽きたか」
「は?馬鹿を言え。何故お前はアノ娘に触れるんだ」
むすっとする戩華。
瑠花はにこりと笑みを浮かべる。
「簡単じゃ、あの子にお前が捨てられたからじゃ」
「は?」
「ただそれだけじゃ、あの子はお前達には何も返すつもりは無いだろうな」
「何を言っ⋯」
「まぁ、戩華よ。気にするほどのことではない、次第に去るものだからな」
「⋯⋯」
「何を企むかは知らぬが、あの娘はどこにも出されぬ、もう、手遅れの娘じゃからな」
「⋯心臓か」
瑠花はふと、視線を逸らし似たようなものだ。と、庭を見て呟く。