第10章 短編その1「春雨宿り」~明智光秀~
麗亞はこの日も世話役の仕事で各御殿に書状や着物を仕立てたものを持ち、忙しなく働いていた。
「あとは・・・光秀さんの所だけだね。」
いつもの飄々として時にはからかわれるあの何とも言えぬ狐のような笑みを浮かべている顔を思い出して、ふとため息をついた。
「またからかわれるのかな・・今日はどんなことで・・・」
そう思いながら歩いていると、ふと後ろから視線と気配を感じる。
(もしかして・・・・・付けられている? やだな・・人さらいとかじゃないよね・・?)
迂闊に後ろを振り向けば、裏路地に連れ込まれたりするのではないかと思い、気づかぬふりをして足早に光秀の御殿へと急ぐ。
でも、気配は依然ついて来る。気のせいではない。そう確信した時、無い知恵を絞って考えた。これは三成の影響だろう。
三成を師として色々な事を書物で覚えた。読み書きも三成の空いた時間に習っていて、今ではそんなに不自由がないくらいにまでなっていた。
そして戦略という三成の十八番の事柄も少しずつではあるけど、学んでいた。護身術などもそうだ。こういう危険な目に合う前にどうしたらいいのか。それも少しではあるが学んでいた。
策をなんとか頭の中で練り上げると、賑やかな茶屋に足を踏み入れた。
(ここで、沢山人の居る所に一度入って・・・・)
人気の茶屋なので中はごった返すような賑わいである。ちょうど現代で言う所のおやつの時間なので、色々な人々が茶や菓子を求めていた。とりあえず麗亞は草団子を包んでもらっている間、先ほどの気配の主をさりげなく横目で見ないふりをして探ってみる。店の中まで入っていないようだが、確かに入口に居るような感じがする。
このまま表から出てもきっとまたつけられることだろう。そう考えた麗亞。
その時入口からまた数人バタバタと町娘たちがきゃあきゃあといいながら入って来た。その時頼んだ草餅ができあがったので、店主に小声で言う。
「あの・・変な人がお店の外にいるのでよければ裏口から出させてもらえませんか?」
店「それはそれは、大変ですな。どうぞこちらに、今入口もごたごたしております。さぁ・・」
いつも行く馴染みの店なので店主も麗亞とは知り合いである。そうして麗亞はこそこそと裏口から出て小走りに路地を抜ける。