第8章 織姫の涙
「寝ずの行軍だったのだろう
ここを使うといい…女…白雪とて
この雨足の中 青葉までは辛かろう」
「我らは春日山に戻る」
言い終えると踵を返し立ち去る
「佐助 後は任せた」
「えっ…あっ…はい」
後に残された三人と家臣達は
茫然と謙信の後姿を見送った
「っ…ははっ!白雪…一体何をしたんだ?
あの軍神が伊達軍に屋敷を空け渡したぞ」
「なっなにもしてないよ ただ…」
「ただ?」
「仲良くしましょうって言った…」
政宗が愉快そうに笑い
後ろに控えた伊達軍の面々も
思わず笑い声を漏らす
「確かに 白雪さんに言われて
謙信様なりに 仲良くなろうと
努力したのかもしれない」
佐助は一人納得したように頷いた
家臣を連れ一足先に
春日山へ戻る謙信を前に
政宗が進み出る
「不本意ではあるが
家臣と白雪を休ませたい
申し出は有り難く受ける」
「……そもそも此方の撒いた種だ
家臣の非礼を改めて詫びる
………次に会う時は容赦せん」
「それまでに家臣の躾をして置くんだな」
余裕の笑みで応える
政宗とは対象的に
端正な顔を歪め苦々しく
家臣らに一瞥を向ける
視線をさ迷わせ
身を強張らせる家臣らに
政宗が高峻な声で宣言した
「この女は 我の弱点にあらず逆鱗と知れ
触れれば 誰であれ斬って捨てる
伊達政宗と 勝負したくば
正々堂々向かってこられよ
伊達当主として 何時でも受けて立つ」
直立不動の家臣らに謙信が
畳み掛ける
「二度と君主に仇なす様な
真似をするでない すれば斬る」
「はっ」
真摯に受け止めたであろう
家臣らを満足げに見渡し
優雅な身のこなしで馬を操り
小雨の中を春日山へと向かう
最後にちらと白雪を見た事を
政宗は気が付かないふりをして
謙信らを見送った
佐助は忍仲間 数人と残り
主を失った屋敷と
その家臣らを任され
図らずも伊達軍の
接待をする形となった
「悪いな佐助」
「いえ また政宗さんの
飯が食えると思うと嬉しいです」
「おぅ 任せろ」
以外にも大名の家臣や
女中達は主を失ったにも関わらず
和やかな雰囲気で持て成してくれた
横暴な君主に付いて行けず
謙信に直訴を決めていたと言う
湯を沸かし雨に冷えた身体を
温めるよう勧めてくれる
夏とは言え 濡れた身体は冷たかった