第8章 織姫の涙
シトシトと降り続く雨の中
思案し立ち尽くす政宗
「勝手は承知で言う ここは…
白雪を連れて引いては貰えぬか」
謙信の色違いの眼が
真っ直ぐに政宗を見る
「僕からもお願いします」
隣の佐助が頭を下げる
「何故だ…戦狂いとまで
言われる貴様が 何故
膝を折ってまで 戦いを避ける」
滴る雨を拭いもせず政宗が問う
「戦う時は全力で向かい合う
遺恨を残すやり方は好まん それに…」
低い声で紡ぎながら立ち上がる
「戦に女は不要」
謙信が白雪を見つめる
先ほどまで自分に花の様な
愛らしい笑顔を向けていた女は
いつぞやと同じくまた敵の腕に
囲われている……
謙信の何かを肌で感じた政宗が
白雪を隠すように腕に閉じ込め
挑戦的な笑顔を向ける
「そうだったな…
今日の所は引いてやる
次に会う時は戦場だ
軍神の首 この独眼竜がもらい受ける」
「……神の首は取れん 神なのだからな
貴様の首はこの上杉謙信が取ってやろう
それまで 勝手に死ぬでないぞ」
「お前もな」
二人の殺気と威圧感に
空気がビリビリと震える
その場で息をする事さえ憚られた
「お二人とも そのくらいで」
立ち上がった佐助が二人を諭す
「で?見送った筈のお前が
何故ここにいるんだ」
「先日 無事に出戻りました」
「こっちで
生きる事にしたんだって」
それまで口を噤んでいた白雪が
緩んだ殺気にやっと言葉を発する
「今度は青葉にお邪魔しますね」
「そうそう簡単に
忍ばれては堪らんな」
政宗は面白そうに笑う
謙信は眉をひそめて
面白くなさそうに聞く
「……お前ら知り合いか」
「京都までの旅の際
本能寺まで見送って頂きました」
「何?…幸村から聞いてない」
「…帰ったら幸村に聞いて下さい」
「返答次第では斬らねばなるまい」
「どうどう 落ち着いて」
佐助に掛かると
気難しさで有名な謙信も
軽口を叩くのかと少し驚く政宗
(白雪といい 佐助といい未来から
来た者は独特の魅力も持つな)
「さて 長居は無用だな」
政宗がそう告げた時
くしゅん!
腕の中の白雪が小さく音を立てた
眉を寄せ白雪を見る
雨に塗れ小刻みに震えていた
(…くそ 捉えられて一日
睡眠も食事も取ってないよな)
佐助に近隣に宿はないか
聞こうと口を開き掛けた時……