第8章 織姫の涙
贅を凝らした一室
下衆な笑みを浮かべ
媚び諂う男を
無表情に見下ろして
パタリと扇子を弄ぶ
返事を待つ様に
こちらを見る男へ
抑揚のない声が放たれる
「それが俺とどう関係する」
「えっ…」
温度を感じさせない
冷酷な瞳で睨まれ
その先の言葉が行き場を失う
「貴様は…この俺が 人質を取らんと
戦えぬ 腰ぬけと申すか?」
刀に手が伸ばされ
優美な曲線を描いたかと思うと
男の喉元でかちゃりと音をたてた
「ひっ……めっ滅相もございませんっ」
声を震わせ自らの過ちに
気付いた男が 必死に言い訳を始める
「先の戦にて刀を合わせ
今一度 伊達政宗と刀を交えたいと」
「言ったがどうした
刀を交えたいとは言ったが
女を駒にしろなど
下劣な事は一言も言ってはおらん
女を盾に戦いを挑むなど……」
「恥を知れ」
その端正な顔が僅かに歪み……
刀が美しく閃光を放った
崩れ落ちた男を
汚れた物のように見下ろして
静かに口を開く
「…下らん」
控えていたお付の男が
畳に一瞥を向けると
溜め息と共に
かつての同胞へ
静かに手を合わせた
「…拝んでやる必要はない」
「…しかし 死ねばみな 仏 です」
ふんと鼻を鳴らし細身の男は
優美な仕草で身を翻し
部屋を後にする
お付の男は物音一つもたてずに
その後を追っていく
屋敷の地下へ続く
ほの暗い階段を下り
鉄製の頑丈な扉を認める
見張りの男が顔を見るや
ひれ伏し震える手で鍵を差し出す
お付の男が扉に手を掛ける
ガチャリ
金属音が静かな地下に響き
重たい扉が 軋みながら開いていく
木製の格子の向こうで
薄墨色の長い髪を垂らした
色白の美しい 儚げな女が
身を強張らせて こちらを見る
「っ…貴方はっ」
「……久しいな
戦場で向かい合って以来か」
「上杉謙信っ…」
戦場での光景が
鮮やかに甦る
表情一つ変えずに
人を斬り倒していく姿が
ありありと脳裏に浮かぶ
恐怖に身がすくむ
が同時に微かな疑問が過る
戦場で
自分を撃とうとした白雪と
手負いの政宗を前に
刀を納めた男が
何故こんな事を……
「貴方程の人が 何故こんな…」
「その先は 俺から説明するよ」
聞き覚えのある声にはっとする
(まさか…そんなはず)
「久しぶりだね また逢えて嬉しいよ」
謙信の背後から姿を現したのは……