第8章 織姫の涙
白雪が囚われた屋敷では
男が一人
待ち人が訪れるのを
心待にしていた
「申し上げます」
「来たかっ?」
「はっ」
「すぐお通ししろ」
男は嬉々として声をあげる
暫くして
「失礼致します お連れ致しました」
襖があき
細身の男が睨みながら入って来る
男がひれ伏すと上座に胡座をかく
すぐ後ろにお付の男が控えた
「このような場に 御呼びだてして
申し訳ございません」
「わざわざ俺を 呼び寄せるんだ
よぼどの事であろうな」
よく通る低い声が
静かな部屋に響き
男はひれ伏した身体を
これ以上ないほど畳に引き寄せた
「織田信長血縁の娘で
伊達政宗の弱点と 言われる女を
手中に 収めましてございます」
下劣な笑みを浮かべ
男は媚びるような 眼差しを向けた
その頃白雪は
牢の中を うろうろと歩き回り
逃げられやしないかと あちこち
調べては 落胆を繰り返していた
「はぁ…無理だよね」
途方にくれ天を仰ぐ 牢の上部に
小さな窓があり 光が差し込む
「もう…七夕終っちゃったな…」
ふと そんなことを思う
本当なら 政宗の胸で眠り
今朝はうんとめかし込んで
城下の人々と一緒に広瀬川に
短冊を流している筈だった
政宗と武丸の後姿を想う
(……武丸 ちゃんと親御さんと逢えたかな
政宗が一緒だから 心配ないと思うけど)
(皆 心配……してるよね
政宗…無茶してなきゃいいけど)
「はぁ」
板の間にぺたんと座り 窓を仰ぎ見る
何かしていないと
先程の恐怖が足下から
せり上がり心を侵食していく
(っ…だめだ…落ち着かなきゃ)
目を閉じて
恐怖を心から追い出す
政宗の青い瞳
形のいい唇
時折紅く染まる耳
筋の浮かぶ逞しい腕
長い指 大きな手
傷の残る肩
背中の黒子
自分の名を呼ぶ優しい声
政宗の事なら いつでも
そこに居るように 細部まで
鮮明に思い出す事ができる
離れている時に身に付いた
余り使いたくない
嬉しくない特技が
白雪の心を落ち着かせた
「政宗…」
白雪の口から
その名が溢れ落ちたその時
格子の向こうで
鉄製の重たい扉が音をたてて動いた
「っ…」
キィィィー 耳に不快な音と共に
扉が開き 白雪が身を強張らせる
開いた扉から現れたのは
端正な顔立ちの 細身の男
「貴方はっ」