第8章 織姫の涙
長い間揺られ続け
いつのまにか
眠ってしまった白雪
顔に触れる眩しい光に
眼を覚めました
逆光で男の顔は見えないが
顎を掬われ 虫酸が走る
「確かに」
そう言うと
籠から引き出される
長時間同じ体制でいた身体が
みしみしと悲鳴をあげた
その場にうずくまり
身体の痛みに耐えていると
男達の話し声が聞こえてきた
「じゃあ 約束の物を…」
籠を担いでいたと思われる
男達が下品に笑う
言われた武士が男達を振り返り
無言のまま刀に手を掛ける
次の瞬間……
白雪の目前で二人の男達は
声をあげる暇もなく
赤い血飛沫をあげて
肉の塊と成り果てた
ドサッ……
「ちっ……気を失うとは手間な女だ」
二人を殺めた男は 何事もなかった様に
刀を納めると 心底面倒な様子で
白雪を抱き上げ 静かに歩き出した
次に意識を取り戻した時には
猿轡も 手足の拘束も 無くなっていた
その代わり頑丈な格子に
覆われた部屋に置かれていた
板張の床に 転がされていた為
背中が痛みが走る
ゆっくりと起きあがり
手足の縄跡を擦る
赤く腫れ上がり
所々紫色になっていた
傷を眺めたいた時
浮かんだのは 先程の光景
頭の中で二人の死体が揺れていた
戦場で 死体を見た経験はある
でも目前で 瞳から生が失われる
瞬間を 見たことはなかった
(見たく…なかった)
ガクガクと手が震え
胃から込み上げてくる
吐気と戦う 涙が 溢れる
「まさ…むねっ…助けてっ…」
白雪の涙が その場で唯一
美しい物の様に きらりと光を放つ
~政宗~
駆けつけた家臣と共に街中を
しらみ潰しにしていく
「政宗様!
白雪様らしき姿を見た者が」
「どこだっ」
「それが…意識のない女を籠に
押し込んで街道へ向かったと」
「なにっ…」
「背格好や着物からみて
白雪様に違いないかと」
「馬を!」
「はっ」
胸が早鐘を打ち
心の臓が張り裂けそうな程
苦しくて堪らない
動いていなければ
気が狂いそうだった
「くそっ」
すぐ後ろにいたのに
手の届く距離にいたのに
他でもない 自分の失態だ
もし白雪に何かあったら
そう思うだけで吐気がする
血液が行き渡らず
指先が冷たい
(白雪 頼む 無事で 無事でいてくれ)
用意された黒馬に飛び乗り
街道へと手綱を引く
馬の嘶きと共に風を斬り走り出す