第8章 織姫の涙
「お前は伊達家の家臣だろ」
「はっ」
「ならば武丸は伊達家の
宝の一つだ その宝を護るのも
伊達家当主として当然の務めだろ」
「っ…殿っ」
「大切に育てろよ」
「もっ勿体ないお言葉でっ…」
「武丸 またな」
やり取りをぼぉっと見ていた
武丸の頭をくしゃりと撫で笑う
「お兄ちゃん 殿様だったの?」
「あぁ そうだ
俺は伊達政宗 覚えておけ」
「じゃあ
あのお姉ちゃんはお姫様?」
「そうだな 俺の…」
振り返り姿を探す
「白雪?」
事の成り行きを
見守っていた群集に
白雪の姿はない
「白雪!」
声を張り上げても
返事はなく
政宗の胸に嫌な予感が広がる
「おいっ お前ら俺の後ろに
髪の長い女がいたろう?」
群集に向かって叫ぶと
おずおずと中年の男が答える
「あの…自分が見たときは
おりませんでした」
回りの者達も皆一様に頷く
政宗はひれ伏したままの
家臣に向かい命を下す
「おいお前 城へ走り江介に
白雪がいなくなったと伝えろ」
「はっ!」
政宗は身を翻し来た路を
疾風の如く走り出す
(どこだっ…白雪っ…どこにいるっ)
~白雪~
武丸を肩車した
政宗の後姿を
微笑ましい気持ちで
眺めながら付いて歩く
暫く歩き
一段と人の賑わう通りに
差し掛かったその刹那
鳩尾に衝撃が走る
口を塞がれ政宗から
引き離される
遠ざかる政宗の後姿が
ゆっくりと滲み
やがて景色は暗転する
どれ程 時が経ったのか…
意識を取り戻すと暗闇の中にいた
「んっんん…」
声を出そうとして
自分の状況を思い出す
(落ち着いて…拐われるのは
初めてじゃない 大丈夫)
ゆっくり呼吸して
冷静さを取り戻す
猿轡をされて声は出せない
手足は拘束されているが
怪我は…殴られた腹部に
鈍い痛みはあるがそれ以外は
なく…着物も…乱されてはない
身を汚されていないことに
ほっと胸を撫で下ろし
一つ一つ確認していく
(ここは?小さな箱の中?
揺れてる…男の声?)
耳を澄ますと男達の
掛け声が微かに聞こえる
(籠?そうだ!
籠に押し込まれて運ばれてるんだ)
(どうしよう…政宗の領地から
離れたら…でもここで騒ぐのは
得策とはいえない…)
あれこれと考えを巡らせるが
暫くは成り行きを見守る事に
して大人しく長い間
揺られて過ごした…