第6章 貴方に夢中~短編集~
~政宗の御殿~
しとしと降り続く春雨に 外出を諦め
政宗の部屋でゆっくり過ごす事にした
政宗の持物全てに 同じ刺繍を施そうと
思い付き思案する
(照月に因んで虎にしようか?
政宗好みの龍がいいかな?でも…
武田信玄は甲斐の虎…
上杉謙信は越後の龍…
どちらも敵方の武将だし…)
色々と考えるが 決め手に欠ける
ちょっと恥ずかしい気もしたが
やっぱり自分らしく それに決めた
手拭い 大小の巾着 煙管入などの
隅に一針ずつ刺繍する 自分の得意な事で
政宗の役に立てることが 素直に嬉しい
何刻か過ぎた頃
女中の一人が部屋を訪れた
政宗の湯あみの支度をしている
「政宗…どうかしたの?こんな時間に」
「稽古場で鍛練されるとか
汗をかかれるのでしょう
鍛練の後は 皆さんそうされますし」
「……稽古場?」
彼女に稽古場の場所を聞き
広い御殿の中を歩く
ちょっと覗いてみるつもりだ
暫くすると ビュンビュン と
何かが空を斬る音が聞こえてくる
渡り廊下の先 広い板の間の中心で
上半身裸の政宗が 木刀を振るっていた
端正な顔から 汗が流れる
鍛え上げられた 肉体が動く度
流れた汗が 水滴を作り
キラキラと 反射しては弾け飛ぶ
上下動を繰り返す 逞しい腕に
厚い胸板に 六つに割れた腹筋…
全てが美しく 格好よくて 目が離せない
どれくらい 見惚れていたのか暫くして
「…白雪か?」
不意に声を掛けられ 心臓が飛び跳ねた
政宗は振り返りもせず 先程と同じ動きを
淡々と繰り返している
「うっ…うん…ごめんなさい
邪魔しちゃった?」
「いや 全然」
「……どうして分かったの?」
「お前の視線に気が付かない程鈍くちゃ
将として務まらないからな」
笑いながら答える 余裕の政宗が
悔しいけれど 格好よすぎて 胸が騒いだ
やがて動きを止めた政宗が
ゆっくりと こちらを振り返る
一歩 また一歩近づいて行き
手にしていた手拭いで
汗を拭ってあげる
光を弾きキラキラと
政宗の肌を滑る汗が 余りに綺麗で…
気が付くと 唇を寄せていた
(しまった!思わず……)
恐る恐る視線をあげる
目の前に ぽかんとした顔の政宗…
「…美味しい」
唇についた 政宗の汗をペロリと舐めとる
「っ…!?」
この日 出逢ってからはじめて
真っ赤に染まる政宗の顔を見た