第21章 闇~秘密の寺(淫獣)~
格子戸をくぐり
部屋に続く庭に面した
通路を進む
仄かに漂っていた
金木犀の香りが
ぐんと強さを増し
すぐそばに有るのかと
光秀は眼を凝らす
暗闇の中で揺れる
山吹色の可憐な花が
離れを取り囲むように
光秀を迎えた
美しいが存在を主張する
あくの強い花だとふと想う
香りに酔いそうで
思わず足早になった
部屋の前まで来て
扉を開ける前…
別れ際の女の顔を
思い浮かべる
前回連れてきた女は
正気を保てず
二月で自害した
その前の女は
今でもとある国の
重臣のお気に入りで
別邸を与えられ
上手くやっている
織田軍に有益な情報を
持たらせる役目を
担ってはいるが
こちらが弱味を見せれば
直ぐさま寝返る強かな女
その前は…もう
覚えてもいない
女を争い事に
利用するのを
政宗は好まないが
光秀は全ての
手段を用意する
手中になければ
使うか使わないかを
決める事すら出来ない
それが
光秀の持論だった
遊戯と同じ
手駒をいつどう
使うかが勝敗を決める
この女は
勝ったのだろう
明慶の揺れる視線が
女の勝利を物語っていた
戸にかけた指に
僅かな力をかける
拍子抜けする程
軽く開いた戸の向こうから
淡い灯りがゆらゆら
と床に揺れている
噎せかえる
金木犀の香りと
薄暗い部屋の灯りが
思考を混ぜる
(…明慶殿の趣向だな
…まずは五感を惑わす魂胆か)
光秀が歩く度
板間がみしみしと
音をたて障子の向こうの
主に来訪者の存在を伝える
障子の前で
立ち止まり逡巡する
声を掛けるか否か
一瞬迷って声を掛ける
「入るぞ」
鈴虫の鳴き声に混じり
光秀の低い声が室内に響いた
障子は音もなく
滑るように開く
山吹の着物を畳に広げ
手をついて頭を下げた女が一人
「…久しいなお松」
「お久しゅうこざいます…明智様」
ゆっくりと
頭をあげる
お松の姿に
眼を見張った
狸のように
もったりとした
女であったお松は
もうそこにはなく
チロチロと
紅い舌を見せて
鎌首をもたげる
蛇のような女が一人
「ほう…
変われば変わるものだな」
その姿に
眼を細めると
女はゆっくりと
口角を引き上げた