第19章 闇~秘密の寺(開門)~
湯殿から戻ると脱衣場には
簡素な着物が用意されていた
木綿で出来た
無地の味気ない着物は
まるで罪人が着るそれの様で…
政宗の言葉が胸を過る
《白雪はそうして
命乞いをする事が出来るか
死ぬことを予測出来るのか
そんな風に涙を流して
自分を殺そうとする相手を
瞳に写す事が出来たのか》
お松はもう
自分が何を望んでいたのか
分からなくなっていた
夏野の野心を満たす為
卑怯なやり方で
なんの落ち度もない姫様を
殺めようとした自分
余りに単純で利己的で無責任な
許されるはずもない
身勝手な行動
政宗に切っ先を向けられ
本願であった
夏野の事でさえ裏切った
死を目前にして
夏野のせいだと罵った
情けなくて
不甲斐なくて…それでも
死にたくないと思う自分を
どうすることも出来ずもて余す
おずおずと袖を通し
質素な帯を結ぶ
「…私にはお似合いか」
着てみるとしっくりと馴染み
何より清潔である事がありがたい
汚れた着物を丸めて抱え
その臭いに思わず顔をしかめた
湯浴み場の引き戸を開き
廊下に一歩踏み出すと
「…幾分ましになったか」
低い声に振り返る
湯殿側の壁に背を付けて立つ
美しい顔立の男
「…明智様」
「臭わんだけマシだな」
端麗な顔の
表情一つ変えずに
残酷な言葉を吐き出す
「っ……すいません」
お松は唇を噛み締め
俯いた
「…その着物はその場に置け」
お松の手元に一瞥を向け
そう言うと無表情のまま
すたすたと歩き出す
ずんずん
小さくなる背中に
先程の僧が
自分の歩幅に合わせて
くれていた事を知る
小走りで追いつき
早歩きで付いて行くと
本堂に戻ると思っていた
光秀は廊下の途中で曲がった
「あ…」
一瞬戸惑いを見せたお松に
光秀が足を止めた
「…なんだ」
「あの…先程の僧に
本堂に戻るようにと…」
「住職とは既に話した
本堂にいるのは家臣だけだ
…お前はまず飯を食え」
「は?」
余りに予想外な言葉に
間の抜けた声が洩れる
「腹が空っぽでは判断が鈍る
特にお前の様な中身の薄い者はな
まずは腹を満たしそれから
冷静な頭で今後を考えるがいい」
光秀はそれだけ言うと
再び歩き始める
やがて六畳程の
小さな部屋の前で入れと促した