第18章 9月5日
「…知ってる」
「あっ…ふふっ…照れてる」
「うるせぇ…」
照れ臭さに
顔を背けると
白魚の様な指が
踊るように
政宗の背中に触れた
「…痛くない?」
言葉の意味が読めず
少し間を置いて
傷痕の事だと気が付く
「痛みは疾うにない」
糠袋を滑らせながら
細い指先が確めるように
傷痕をなぞる
労るように
慈しむように
丁寧に肌を滑る
硬くなった古い傷や
変色した傷痕でさえ
癒されて幼子の
怪我の様に綺麗に
回復する気がした
「…はい…お仕舞い」
気持ち良さそうに
身を任せていた政宗を
白雪の腕がぎゅっと
嬉しそうに抱き締める
「気持ち良かった?」
「明日から
自分でやるのが残念なくらいな」
「ふふっ…
じゃあ明日も洗ってあげる」
笑顔も声も全てが
愛しくておかしくなりそうだ
背中から
胸に回された
か細い腕が
心の臓に食い込んで
掴まれた様に苦しくなる
生かすも殺すも
この頼りない腕次第…
自分の心の臓が
白雪の手の平で
どくどくと脈打ち
その手に包まれている
そんな幻想が
瞼に浮かぶ
「お前がそうしたいなら
…好きにするといい」
人はいつか死ぬ
どうせ死ぬなら
この胸の鼓動が止まる時
白雪の手の中であればいいと
願ってしまう
そんな情けない自分を
今日だけは許してやる
「ふふっ…いいの?」
「その代わり湯からでたら
どうなっても知らねぇぞ」
肘を掴み振り返る
いとも容易く
自分の腕に捕らわれる白雪
すっぽりと腕に収めると
傷痕だらけの胸に
頬を擦り寄せて
「いいよ…どうなっても
私は政宗のなんだから
好きにしていいの」
そう言って蕩けた顔で
政宗を見上げる
「っ…どんだけ可愛いんだよ
喰っちまうぞ…このっ」
かぶっと肩に噛みつけば
愛らしい声をあげる
「きゃぁっ…」
「ふっ…柔らかくて
旨そうだよなお前の肉」
「へっ変なこと言わないで」
「ははっ…動いたから腹減ったな
城下に甘味でも食べに行くか」
「うん」
一緒に出掛ける
この提案をすると
必ず瞳を輝かせて
嬉しそうな顔を見せる
それを知っているから
つい同じ誘いを繰り返す
今日も例外なく
白雪は顔を綻ばせ
いそいそと
湯浴み場を後にした