第18章 9月5日
政宗の朝は早い
空が白み始めた頃
自然と目を覚ます
子供の頃は
眠たくて眠たくて
なかなか起きられず
喜多の手を焼かせた
「お前は奥州を担う身
人々を導く立場の者が
自分を律する事も
出来なくてどうするのか」
威厳ある父上の声が
今でも耳に残る
幼少期から続く習慣は
今ではすっかり身に馴染み
意識せずとも
夜明けと共に目が覚める
一面が霞がかったように
ぼんやりと白い早朝の空
やがて陽光が輝き始めると
空は青さを増していく
ゆっくりと身を起こし
廊下へと出て
新鮮な空気を味わうのが
物心ついた頃からの
決まり事だ
一つ変わったのは
身を起こす前に
至福の時間が出来たこと
自分の肩口に頬を寄せ
すやすやと寝息をたてる
愛しい女の顔をそっと見つめる
夢でも見ているのか
時折眉を寄せたり
薄く笑みを浮かべたり
日によって色々な表情をみせ
飽きることがない
寝顔を見るだけて自分の顔に
笑みが浮かんでいる事を
知った時はひどく驚いた
(何してんだ…俺は)
そう呟いて
緩んだ表情を引き締め
無理矢理に意識を
仕事に向けて引っ張った
書簡の返事…年貢の調整
河川の整備…それから…
それから……
気が付けばまた瞳に写る
愛しい姿
(駄目だ…)
諦めて満足するまで
思う存分愛する事にした
それが白雪と暮らし始めてからの
新たな習慣の一つだ
今朝も同じ始まりのはずだった
ふと違和感に目を覚ます
外はまだ暗く
ひんやりと冷たい空気が
襖の間から流れてくる
違和感の正体はすぐ知れた
隣にいるべき白雪の姿がない
褥はほんのりと
温もりを残しており
その場所からは
ふんわりと甘い香りが漂う
(廁か?…)
そんな風に思いながら
再び目を閉じた
暫く後…再び目を開くと
戻らない白雪に不安になる
隣に手をやると
そこに温もりはなく
一定時間そこに人が
存在していないことが分かる
起き上がり乱れた
褥もそのままに廊下に跳び出た
…と白み始めた空の下
済んだ空気の中に
漂う匂いに足を止める
(………?なんだ?)
廊下の先に善を手にした
白雪が立っていた
「あっ…政宗…」
「白雪?何して…」
花開く様にふんわりと
顔を綻ばせ白雪が口を開く
「お誕生日おめでとう」