第17章 闇~秘密の寺~
政宗様は織田家縁の姫様を
いたく気に入られて
始終お構いになられている
そんな噂は
お松の耳にも届いていた
以前の様に女中達を構ったり
街中の女達と遊ぶ姿も見受けられず
お松にしてみれば
夏野に触れる男が
いないと言うことは
願ってもない事なのだが
その夏野が
寂しいと泣く姿は
見たくなかった
宥めすかしている内に
数か月が過ぎ
すると今度は何を思ったのか
政宗が京の本能寺に
滞在するという
二度目の夜を
思うように過ごす事が出来ず
苛立つ夏野を
言葉巧みに落ち着かせ
忘れさせようとしていると
政宗は時折
安土に顔を出し
夏野に料理の仕方を
教えたりして笑顔を見せ
お松の努力を台無しにした
そうこうしている内に
一年が過ぎ
政宗が安土に顔を見せる度
夏野は一つ料理を覚えた
二人で作ったという料理を
嬉しそうに持ってくる夏野を
心から美しいと思った
自分では決して
あんな笑顔にする事は出来ない
あの笑顔の為に
自分はできる限りの事をして
夏野の側で
あの笑顔を見て過ごそう
そう思い始めていた
丁度その頃
政宗様と白雪様が一緒になる
政宗様は白雪様を連れて城に戻る
そんな知らせが城を巡った
それを聞いた夏野が
筆頭女中に申し出る
白雪付きの女中として
奥州へ付いて参りたいと…
慌てて引き留めたお松の胸で
再び夏野は涙を流した
武家出身の女中の身
妻などとは端から
誰も思いはしない
名のある大名や武将達に
側室として愛でて貰うのが
言わば城勤めの女にとっての
一番の出世であった
もう一歩のところまできたのにと
憎々しげに白雪様を睨む夏野
産まれながらの姫様で
何の苦労もなく
信長様の後楯を得て
政宗様との
婚姻を結んだ白雪様を
消えて無くなれと
罵って泣く夏野を
救ってやれるのは
自分だけだと錯覚した
そう…錯覚だった
お松は夏野より
自分が大切だと
先刻
嫌という程知らされた
自分の思っていた愛など
世迷言だった
死ぬ覚悟も
殺す覚悟も
全く出来ていなかった
分かっていなかった
お松は夏野より
自分を選んだ
それが何より悲しかった
狭い籠の中で
揺られながら
お松は泣いた
静かに
静かに…