第17章 闇~秘密の寺~
揺れる籠の中
肌寒さに目が覚めた
生きている事に
驚きつつ
お松はもぞもぞと
籠の中で蠢いた
漏らしたままの着物が
脚に絡み付き
身体から熱を奪っていく
狭い籠の中でつんと
鼻をつく異臭が
生きている事を
体感させる
それは先程の
胸をえぐる恐怖が
夢でなく現実であったと
いう証しでもあった
君主織田信長は
自分を第六天魔王と称し
畏怖の念を抱かせたが
お松の眼前で
抜刀した政宗の顔…
この命を奪う事に
何の躊躇も見せず
刀を振り上げた
その時でさえも
瞬き一つしなかった
怯える女の姿を
瞳に映しても
揺るぐ事のない殺意に
己の死を知った瞬間の
あの恐怖
あの絶望
全ての黒い憎悪を
纏った様なあの瞳を
生涯忘れはしない
あの目を魔王と呼ばす
何と呼ぶのだろう
お松はそんな事を
思いながら
己の浅はかさを呪った
夏野が好きだった
花の様に美しく
気ぐらいの強い
同じように
武家の娘として
産まれながら
地味で取り柄の無い
自分とは
正反対の幼馴染
ずっと憧れていた夏野が
城女中として奉公すると聞き
親に頼み込んで同じ女中となった
自分の夏野への愛情が
普通ではないと気が付いたのは
夏野が伊達政宗と
二人で過ごしたあの夜だった
嬉しそうに襖を閉じた夏野を
廊下で見送った後
死ぬほど後悔した
何故止めなかったのか
あの美しい肌を
男の武骨な手が
撫で回すのかと思うと
猛烈な怒りに襲われた
そして…
触れたいと切に願った
夏野の肌に…唇に…
触れてみたいと願ってしまった
けして叶わぬ思いに
気が付いてしまった
それからが地獄だった
眠れぬ夜を過ごしたお松に
夏野は
頬を染めて話す
伊達政宗が
いかにいい男であったかを
滑らかな筋肉に
覆われた身体が
いかに素晴らしいか
低い声で囁く声の
艶やかなこと
夏野は聞いてもいないのに
嬉々としてお松に言って聞かせる
お松の羨望が自分でなく
政宗に向けられた物とも知らずに
最初は苦しかった
距離を置いてみたりもした
それが二ヶ月もすると
夏野の方からすり寄って来た
言葉に出来ぬ想いを
胸に秘めて過ごす事に
やっと慣れた頃
夏野は
お松の胸で泣いた