第17章 闇~秘密の寺~
助けてと叫びたいのに
恐怖に喉が張り付いて
思うように声が出ない
転がる様に廊下に出て
床を這うように逃げた
「ちっ…ちがっ…ちがうっ
たすけてっ…夏野が悪いっ
いやだっ…死にたくないっ」
政宗の足が
逃げ惑うお松の着物を
踏みつけ固定する
「なんだ?夏野の為に
白雪を消そうとしたんだろ
自分には何の見返りもなく…
ただ夏野への愛の為に…
それに免じて
夏野は生かしてやると言っている」
踏みつけられた着物のせいで
動かせない下半身を
死にかけの蝉の様に
バタバタと床の上で動かす
政宗は一切無駄のない
洗練された動きで
刀を振り上げた
「安心して…死ね」
政宗の刀が
弧を描き宙を斬る
バサッ‼
床上にパラパラと
長い髪が束になって落ちる
お松の頭上を掠めた刃が
お松の髪を断ち切って
床上にばらまかれた
「ひっ…‼」
声にならない声が
喉から押し出される
踏みつけた着物の裾が
生暖かい液体に濡れていく
それまで感じたことのない
死の恐怖に失禁したのだ
「はっ…お前漏らしたのか?
いい年をして…」
「ひっ…ひぃっ…ごめんなさい
ごめんなさいっ…
ころさ…殺さないでっ」
ツーッと刃先が
音もなく静かに動き
お松の喉元で止まる
「お前に毒を盛られた白雪は
そうして恐怖を
感じる事が出来るか?
命乞いをする事が出来るか?
その紅を付けるとき
死ぬことを予測出来るのか?」
お松の目が見開かれ
次々と新しい涙がこぼれていく
「教えろよ…白雪は
そんな風に涙を流して
自分を殺そうとする相手を
瞳に写す事が出来たのか?」
喉元に刃先が
きつく食い込み
痛みと恐怖に
答える事も
頷いて肯定する事も
頭を振って
否定する事もままならず
ただただ涙を流す
「答えはいいえだ…
こうして命乞いが出来て
殺される相手と理由を知れただけ
幸せだと思うんだな」
政宗は踏みつけた足を離すと
刀を構えて呼吸を整えた
「あっ…あっ…あぁ…」
お松の声は言葉を作らず
鯉の様にパクパクと
開いては息を漏らし
両の目を限界まで見開いて
溢れるままに涙を流す
死ぬと言う事が
どんな事か
自分がどんなに
愚かであったか
恐怖と後悔に
苛まれたお松に
政宗が
最後の別れを告げた