第17章 闇~秘密の寺~
その熱を冷ますような
冷たい瞳に反した
耳から浸入して
頭の中を溶かす様な
甘い声に翻弄されて
ただ黙って
頷くしかない夏野は
褥を出る光秀の後姿を
恐怖と不安と羨望の入り雑じった
複雑な想いで見つめていた
「家臣に籠を用意させる
お前はそれにのって
…とある寺へ行け」
「寺…ですか?」
「懇意にしている僧侶がいる
暫くの間そこで世話になれ
落ち着いたら迎えに行ってやろう」
着物を整え
褥の側に跪くと
念を押す様に言う
「いいな」
夏野が黙って頷くと
まるで子供をあやす様に
頭を撫でて
色香を湛えた声で
いい子だ…と囁いた
それから暫く後
光秀の姿は女中部屋にあった
人気の無い薄暗い室内で
音もなくだが確実に
私物を確認していく
程なく
毒壷を見つけ出すと
政宗に知らせたのだった
それが婚儀の日の事…
光秀も政宗も
お松の行動の真意を
図りかねていた
お松が白雪を狙う
その理由が分からなかった
今…こうして目の前で
切っ先を首筋に当ててみても
この女が白雪を狙った
理由が見えない
「もう一度聞く…
何故白雪を狙う」
お松は小さな瞳を揺らし
やがて両の目を閉じた
「…いっ…いなくなればいいと
思ったからです」
白雪がいなくなる…
そんな言葉を耳にして
自然と険しい顔になる
「何故だ」
般若のごとく
睨み付けたまま口を開く
「白雪様がいなくなれば…」
お松は瞳を開き
一瞬考えてから
覚悟を決めた様に
睨む政宗を真っ直ぐ見つめた
「白雪様がいなければ
夏野が政宗様と一緒になれる」
「…夏野に頼まれたのか」
「いいえ…私が勝手にしたことです」
「俺と夏野がそうなって
お前に何の得がある?」
どうにも分からないと言う顔で
政宗は刀を下ろした
お松は硬直した身体から
逃れる様に脱力して
鏡台に寄り掛かった
「私は…夏野が幸せなら
…それでいいのです」
政宗はきょとんと目を瞬かせた
「は?」
「愛は男と女だけのものではない…
ということでございます」
「お前?…夏野を?…女知音か?」
「……私の一方的な想いでございます
夏野は…権力のある男性に
愛される事を望んでおりますゆえ…」
「……お前」