第16章 十月十日~(婚姻の儀)
「手紙の事
誰かに話したか」
女は無言のまま
首を左右に振る
「政宗との睦事は」
光秀は事も無げに
あられもない事を口にした
「っ……あの…幼馴染の
女中仲間にだけ…」
頬を染め恥じ入る女に
光秀が意地悪く問う
「ほう…抱かれた事も
人様に話したのか」
「っ……」
真っ赤になり
俯いたきり言葉に詰まる
「くくっ…その反応…
事細かに話したらしいな」
喉を鳴らして笑いながら
女の顎を掬い上げた
「俺の所へ来るといい」
女は意味が分からず
ぽかんと口を開く
「政宗には故郷へ
帰したと言っておいてやろう」
光秀の低い声が
女の耳元に怪しく響く
「っ…あっ」
突然耳を食まれ
女の身体がビクリと跳ねる
「なっ…なにを」
耳を覆う様に隠し
光秀の固い胸を押し返す
「命を助けてやるのだ
それなりの見返りを頂こう」
カッとなり頬を張ろうと
振り上げた細腕が
光秀の逞しい腕によって
呆気なく拘束される
「くっ…お離し下さいっ」
細い手首を掴んだまま
恐怖に揺れる瞳を楽しむ
怯える女の表情を
まるで満月でも
眺める様に堪能すると
口を歪めて笑う
「怖いか…恐怖に怯える女は
匂う様に美しい」
「っ…」
女は咄嗟に手元の
硯を投げつける
辺りに墨が飛び散るも
ひょいと避けた
光秀が不敵に笑う
「ふっ……
負けん気の強い女は
嫌いじゃないが」
次の瞬間女の鳩尾に
鋭い衝撃が走る
瞬く間に間合いを詰めた
光秀が女の身体を支える
「分をわきまえない
女には仕置きが必要だ」
遠退く意識の中で
為す術もなく
ぞっとするほど
美しい顔で
微笑む光秀を
ただぼんやりと見上げ
やがて女は意識を手放した
「幼馴染の女中か…」
面白そうに呟くと
意識のない女の唇を
捕獲した獲物を
味見するようにぺろりと舐めた
「食事の味は分からんが
恐怖は最高の調味料になる」
美しい顔に
残酷な笑顔を張り付けて
光秀は行灯の
灯りを吹き消す
二人の姿は次第に
闇に溶けて
やがて見えなくなった