第16章 十月十日~(婚姻の儀)
日が傾き始める頃
政宗は一人
女からの手紙を
読み返していた
何度読み返してみても
相手の女は思い出せない
地位も名誉もある男の身
女に不自由した事はないが
女で失敗した事もなかった
そもそもが女は
戯れの道具か
政の道具としか
考えてなかったのだから
褥で愛を詠う必要などなく
故に揉め事も
起きようがない
それだけに戸惑っていた
やはり
光秀の言うように
酒に酔って前後不覚に
口説いたと考えるのが妥当か
数年前の夜
光秀の悪戯で
花見の晩に呑まされた
南蛮の葡萄酒は
政宗の頭から全ての
思考を奪っていたらしい
お手つき女中は
それなりの武家に
嫁に出してやることで
関係を終らせるのが常だ
無論自身の元に
留め置きたければ
側室に迎えれば済む事
それをしなかったのは
そこまで執着する女が
居なかったからに過ぎない
そして女の方も
それを感じとれる
分をわきまえる事の出来る
者を選んできたのだ
「不覚だ…だから酒は嫌いだ」
思わず声に出して呟いた
「そんな事を言っているから
いつまでも慣れず
酒に呑まれるのだろう」
襖が開くと同時に
聞き慣れた声が降ってくる
「だからと言って
不意打ちで飲ませるから
面倒な事になるんだ」
声もかけず部屋に入る
光秀を咎めるでもなく
不貞腐れた様に言葉を返す
「酒は使い用で役にたつ
戦以外の戦いでは特にな
扱い慣れておくべきだろう
手駒は多いに越したことはない
まぁ…お前の場合は
毒にしかならんらしいが…」
詫びるでもなく言いながら
光秀が隣に腰を下ろす
「で?何か分かったのか」
「そう急かすな」
「分かったから来たんだろう」
せっつく政宗を
涼しい顔で見ながら口を開く
「婚礼衣装は
針子達たっての希望で
城内の針子全員で
縫い上げたそうだ
携わった人数こそ多いが
仕上った際には
秀吉と三成が全ての品を
確認している」
政宗は安土の針子部屋で
楽しげに過ごす白雪を思い出し
白雪の回りにいた針子達を
ぼんやりと思い出す
「城から運び出す際にも
三成が再び不備の
確認している事を考えれば
毒針を仕込んだのは
安土を出てからと
考えるのが妥当だろう」
「この城で仕込んだのか…」
政宗が眉をひそめる
「安土からの道中では
人目が有りすぎるからな…」