第16章 十月十日~(婚姻の儀)
政宗の部屋では
安土の面々に
小十郎や江介など
政宗の重臣を加えた面々が
信長の視察で
見えてきた
問題点の掌握と
改善に付いて語り合っていた
「やはり奥州では……
なんだ?騒がしい」
秀吉が広げられた
地図から頭をあげた
ばたばたと走る足音が
近付いてくると
襖と共に
体当りしたであろう
人影が雪崩れ込む
部屋に緊張が走り
男達の手は自然と鞘へ向かう
次の瞬間
誰もが眼を疑った
そこにいたのは
聡明で誉れ高き少納言
組紐で
手首を締め上げた喜多は
畳の上に倒れ込みながらも
弟向い叫んだ
「小十郎っ…指を…
薬指を切り落としてっ」
何事かとたじろぐ一堂に
光秀がいち早く動く
喜多を抱き起こし
左腕をあげさせる
見れば左手の薬指は
すでに紫色に変色し
倍程に腫れ上がっていた
「毒針か」
光秀の低い声が
明瞭に耳に飛び込む
毒と聞いて直ぐ様
家康が城の薬師部屋に走る
「政宗様っ…お部屋に…
白雪様のお側に」
喜多が遠退く意識の中で
必死に言葉を紡ぐ
「打掛…白雪様…御婚礼衣装に…針」
「な…に…っ」
政宗の心臓が
嫌な音をたてて軋む
「後は頼んだっ」
政宗が走り出す
江介と秀吉がそれに続いた
小十郎が脇差しを抜く
光秀は脇息の上に
喜多の左手を固定した
三成が喜多の口に
扇子を噛ませる
喜多の指に
冷たい刃が触れた刹那
姉と弟の視線が絡む
喜多の眼に迷いはなく
小十郎は腕に力を込める
「…姉上御免っ」
鈍い音と共に
小さな肉の塊が
喜多の左手から
こぼれ落ちた
長きに渡り
有るべき処で
有るべき動きを
していた体の一部を
喜多はこの瞬間
永遠に失った
ぐったりと沈む喜多の身体を
信長が支え起こす
「……間に合ったか」
「…分かりません
…毒の種類にもよります」
流れる血液を
布に含ませながら
光秀は喜多の右手が
握り締める布に気付く
握られた指を
解くと布からは
縫い針より
細く長い針が一本
酒と薬を持って戻った
家康に渡す
「何の毒か分かるかも…」
家康が呟くと
三成が布に包まれた
かつて
喜多の薬指だったものを差し出す
「毒に曝された部分で
何か解らないかと…」
「やってみる」
短く応え
喜多の傷の処置を始めた