第13章 十月十日
「…覚えがないな」
「安土の御殿より
戻った家臣に城の女中が
託したそうでございます」
「あぁ…
料理を教えてやった事が…」
「そうですか」
「っ…なんだよ」
「何がです?」
「何がっ…」
「うどんが延びますよ」
「おっと…あちちっ」
うどんをザルにあげると
むわっと湯気があがる
いつもなら手際よくこなす
一連の作業も何故だかもたつく
隣で見ていた喜多は
白んだ顔をして
台所を出ていくのだった
「……誤解だ…あちっ」
一人残された
政宗の言葉は
喜多には届かぬまま……
「……何もしてないぞ」
湯で上がったうどんと
手の中で
くしゃくしゃになった文を
ぼんやりと眺める政宗
正直顔も覚えていなかったが
文を開封してみる
読めば政宗が
どうやら白雪と出会う以前に
何度か戯れに
肌を合わせた女中だったらしく
自分も奥州に呼んで欲しい
……という内容からはじまり
自分の方が先に
政宗と愛を交わしたのに
白雪だけを連れ帰った事への
恨み辛みや
白雪が信長の養女だから
婚儀を交わした事は
理解している
自分は日陰の身でも構わない
から側で政宗を支えてみせる
といった事がながながと
認められていた
「っ………参った…
顔も覚えてねえ…」
思わず唸りをあげ
その場にしゃがみ込む
どれだけ考えても
女の輪郭がうっすらと
思い浮かぶだけで
顔も声も思い出せない
そんな事があったと言われたら
否定出来ない情事が
幾度かあったのは確かだった
「政宗様?どうなさったんで?」
政宗に頼まれ
卵を取りに行っていた
下働きの男が政宗を覗き込む
「…何でもない…ご苦労だったな」
ざわつく内心を押さえ込んで
白雪の食事作りに
没頭する政宗だった