第12章 織田家の姫君
「天邪鬼も大概にしろ」
信長が笑いながら
家康の頭をくしゃりと混ぜた
白雪の前にしゃがみ込むと
「皆がお前を案じておる
何かあれば何時でも言ってこい
そして政宗に飽きたら帰って参れ」
本当の父の様に
暖かな眼差しを向け
白雪の頭を撫でる
涙を堪えた白雪の
感謝の言葉は
声にならず微笑みで返す
「俺に飽きる事なんて
一生あり得ないから
帰って来る事もない」
憮然とした政宗が言いながら
白雪を後ろから腕に囲う
「白雪と
我が権力欲しさにお前を狙う輩も
出てくるだろう…心して用心致せ」
政宗が真剣な眼差しで頷く
政宗達はそうして
安土最後の夜を
仲間達と共に穏やかに
幸福に包まれて過ごした
翌朝 政宗達は
奥州へと戻る旅を開始する
白雪の為に秀吉が
豪華な籠を手配していた
漆塗りの立派な籠の中に
ちょこんと座った白雪は
名残惜しげに
何時までも手を降り
別れを惜しんだ
城下を過ぎ隣国への
街道に出ようという処で
不意に政宗が歩みを止める
「おいっ!何時まで
そうしてるつもりだ」
道脇の樹木に向かって
声をあげる
「にゃー」
猫を真似る男の声
「泥棒猫め 叩き斬るぞ」
そう言うや否や
政宗の刀が空を切る
バサバサッ……小枝と一緒に
男が地面に落下した
「っ…いってぇ!」
地面に尻餅をついた男が
恨みがましい目を向ける
「あっぶねぇな!
ぶんぶん振り回しやがって」
「阿呆……
足元の小枝を斬っただけだ
ぎゃあぎゃあ騒ぐな」
「政宗様?知った者ですか?」
家臣らが取り囲む
喜多はあらと声をあげ
白雪も籠から身を
乗り出して成り行きを伺う
「どうやら安土に来る道中で
泥棒猫に懐かれたらしい」
「泥棒猫じゃねぇ」
「何故付いてくる」
政宗が切っ先で
男の顎を救いあげる
その眼に宿るのは野心のみ
どうやら刺客ではないらしく
殺意を感じる事はない
「っ…あんたが…言ったんだろ
この次会うまでにって」
「はっ?」
「名前も住みかも知らねぇのに
どうやって今度会うんだよ」
「っ…ははっ」
政宗は思わず笑いだす
「確かにそんな事言ったな」
「あんた武将なら
自分の言った言葉に責任持てよな」
「……俺の名は」
「伊達政宗だろ」
「なんだ…知ってんのか」
「片眼の武将なんてそういるかよ」