第1章 黄泉還り
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雪が舞い散る日に、まだ幼かった私の手を引く母の姿を思い出す。
普段、私の事なんて目にも止めない母が、冷たい手を握ってくれる事がとても嬉しくて、雪が頬に伝う寒さすらも忘れさせた。
カツカツと音を立てる、母の鮮やかな赤色のハイヒール。
早足に前を歩く母に不快な思いをさせたくなくて、小走りになる私の小さな足。
『お母さん、どこに行くの?』
今からの事が楽しみで、嬉しくて、母に尋ねてみたけれど、母からは何の返事もなかった。
私の浮き足立つ気持ちとは裏腹に、二人の間に流れる会話は一切ないまま、母に強く手を引かれ、連れて来られたのは、大きな屋敷。
立派な門には、黒いスーツを着た男が、雪が降る中だと言うのに、微動だにせず立っていて、屋敷に近付いた私と母をジロリと見下ろした。
強面のスーツの男からの視線に、私はつい俯いてしまったが、母はお構いなしに男に話し掛け、再び私の手を引いた。
ーギィ
重厚な門が、少しずつ開いていく。
この場所に何があるんだろう。
ここで何をするんだろう。
開かれた門から見えるのは、立派な門に見合う、広い敷地。
訳が分からない私をよそに、母は足を前に進める。
期待と不安が入り混ざる中、玄関まで着き、母がインターホンを押す為、繋いでいた私の手を離した。
空気が触れた手は、やっぱり寒さでかじかみ、私は両の手でカタカタと身震いする。
ーカチャリ
扉が開く音に、視線を上に上げると、中からは壮年の男が出て来て、母と何かを話したあと、私を舐めるように見て、母に厚手の封筒を渡した。
受け取った封筒の中身を確認する母。
「これでコイツの顔も視界に入らないと思うと清々しいわ」
母は、その言葉だけを残し、私から離れて門の方に歩き出した。