第13章 おいしいひととき
ガラッ
「こんばんは、大将」
心地よい声と共に優しい笑顔が暖簾をくぐって入ってきた。うちの常連客の櫻井翔さん。相変わらず爽やかだなぁ。
「いらっしゃい、櫻井さん」
「今日のおすすめは?」
大将と話しながらいつもの定位置、カウンター奥の席に座った。
「今日は魚の煮付け定食だよ」
「やったー!じゃあそれと…」
「ビールでしょ?はい、どうぞ」
俺は翔さんが注文を言う前にグラスとビールを持ち翔さんの横に立つ。
「おっ、ありがと潤くん、気が利くね」
ニコッと俺に笑いかけてくれる。その笑顔が見たくて俺はいつも翔さんにビールを持っていくんだ。
翔さんにグラスを渡すとビールを注いだ。
「いただきます」
そう言い翔さんは一気にビールを流し込む。ゴクゴクと動く喉元から目が離せない。
「はぁ~、旨いっ!」
「翔さんの飲み方ってほんとに旨そう」
「だってほんとに旨いんだもん」
『旨いんだもん』って…この人ほんとに社会人?って思うほど可愛らしいんだけど、俺より2歳上で大手企業に勤めてるエリート商社マンなんだって。
バイト学生の俺には手の届かない人なんだよな…
「今日、いつもより遅かったんじゃない?」
翔さんの空いたグラスに再びビールを注いだ。
「うん、もう年末近いだろ?やっぱり忙しくなって来るよなぁ…これからは更に忙しくなると思う」