第1章 紅き姫の誕生
「着いたわ。中に入って」
もろい木で出来た扉が、ぎぃっと嫌な音を立てて開く。
「ここは……?」
「私と母さんが家に使っていた小屋よ。紅い髪は目立つからって母さんとここでひっそりと暮らしていたの」
よく見てみると、私が連れてきたこの人は、どうやら金に困ってはいないらしい。その証拠に身につけている服は確かに下町の人々と同じような格好だが、注意して見ると、それは上質な布で作られていた。それに、爽やかでいて甘い香の匂いがする。高貴な香り。
興味深そうに、私と母さんの家である小屋の中を見回す彼を見ながら、私はひとり肩を落とした。だって、こんなにも金を持っている人が私の父さんであるはずがないもの。この人が私の父さんであるならわざわざ、髪が目立つから、と身を隠す必要も無いし、こんなにも質素な暮らしをする必要も無い。父さんが死んだ、と私に嘘をつく必要も無いし、メリットもリメリットもない。
それに、私とこの人は全くと言ってもいいほど似ていない。
この人が動く度にふわりと香る上品な香の匂いを嗅ぐ度に、自分から臭う汗の匂いに恥を覚える。
「そこの椅子に座って。母さんの話を聞きたいのよね?」
よく考えてみれば、密室に今日出会ったばかりの男性と二人っきり。周りにあるのは木ばかりで、人はいない。
かなり考えなしの行動だったかも、と少し後悔した。