第2章 姫になりまして。
「失礼致します、陛下」
扉を叩いて、それらしく言ってみる。
「ああ」
短い返事が、入室の許可。
私はなるべく音を立てないようにして扉を開いて、広い父さんの部屋に入る。お城の部屋の一つ一つが、私の住んでいた小屋の十倍の広さだ。
どうやら、先約がいたようで、父さんの作業机の前に人がたっている。後ろ姿しか見えないが、黒髪の細身な男性だった。腰には剣を装備してある。おそらく、兵士だろう。
「ミレディ、いい所に来た。紹介しよう。エドウィンだ」
黒髪の彼が、ゆっくりと私の方を振り向く。
黒い髪に、エメラルドの瞳。
とても綺麗だ。
「はじめまして、エドウィンと申します。王女様の護衛を任されております。王女様の身の安全は、私が保証致します」
「エドウィンは傭兵だが、とても実力がある。それに、信頼もできる。何かあると、エドウィンに頼ると良い」
父さんが自慢げにそう言い、私の元へと歩み寄る。
「何かされたりはしなかったか?」
肯定すれば嘘になる。
でも、父さんの妻であるグロリア王妃を悪く言いたくない。それに、腹は立ったけど、彼女だって腹が立っているに決まってる。自分の夫の隠し子と一緒に暮らすだなんて、耐えられないはずだ。
「ええ、何もされなかったわ。心配しすぎよ」
何も悟られないようにと笑みを顔に刻み込む。これでいいんだ。これで。
「そうかそうか。もし、何かあったら私かエドウィンに言ってくれ。分かったか?」
「ええ、父さ……国王陛下」
気軽に父さんと呼ばない方がいいのではないか、と慌てて訂正する。すると、何が面白かったのか、父さんが声を上げて笑った。
「良い。呼び名など気にするな。好きに呼んでくれて構わない」
「それじゃあ、みんなの前では国王陛下って呼んで、二人の時は父さんって呼ぶわ」
父さんが微笑みながら頷く。
「ああ。では、また夕飯の時に。エドウィン、ミレディを部屋まで案内してやってくれ。あと、心細いだろうから話し相手にもなってやってくれ。それから……」
「父さん、過保護よ。私はもう子供じゃないわ。大丈夫よ」
思わず笑ってしまった。
父さんって、こんな感じなんだ。
「そ、そうか?」
じゃあ後でね、と父さんの部屋を後にする。