第1章 空気と同じ透明から
清光のただいまが聞こえません。
ただ…泣き言みたいに、泣きそうな声で、『もう愛されない』と呟いたのを、わたしは聞き逃したりできませんでした。
わたしの方に倒れてきた清光を支えきれず、わたしはずるずると地面に崩れ落ちてしまいます。
それではっとしました。開けっ放しの戸の外からこの玄関まで続いている結構な量の血に。
今も少しずつ染み出してわたしに着く血に。
そして、血を流しているのが清光だということに。
自分の思っていたことが、本当になっていた。
いいえ違います。
本当にそうだったのです。
「刀剣男士が重傷です!今すぐこちら、手入れ部屋へ!」
手入れ部屋?とは何ですか?
なんてバカみたいに聞くことはとてもできません。
「後で…覚えていてください」
今するべきことはこれをぎったぎたにするでもなく、めっためたにするでもなく、清光を助けることです。
間違えてはいけません。
怒りは全て、憎しみは全て、全部全部大丈夫になってから、思いっきりぶちまけて、ぶつけてやるのが最善です。
玄関前の部屋が自動で開いて、障子とか襖とかばっかりのおうちなのに戸はほぼ全て自動なのが不思議だとか考える余裕はありません。
わたしより大きく重たい清光を運ぶのは大変で、血が出ないようにって思いながら必死に運びます。
「ごめん…主…」
辛い筈なのにそうやって、うわ言のように謝る清光に、わたしは何をしてあげたら正解なのでしょう。
とか考えず、口が動くままに答えました。
「いいんです、何も、言わなくって。
わたしが…絶対助けます。
安心して、ください。わたしは、あなた、が…とっても好き、大好きです!」
人のすごいところは本当の本当に必死の必死になると筋力やら何やらが普段は抑えられているのにそれがなくなるところです。
通常では考えられない力が出て、わたしは何とか清光を手入れ部屋なるところに運び入れられました。
狐はこの切迫して緊迫するべき状況が他人事かのように冷静に…冷酷に外側から、かやの外から見ているだけみたいに説明します。
「こちらで怪我を優しく叩いて上げれば怪我は跡も残さず治ります」
置かれた白い粉?と不思議な形の道具を指して言いました。
嘘だろうと、今度こそ怒鳴りかけた時、狐はそれを察したようにこう続けました。
「あなたが治すのはあくまで刀剣男士…人ではありません」