第3章 女主人
○奴隷○
褐色の男はこの屋敷の執事で、名前はベルクールと言った。ベルクールとのあの一件から俺は女神様に会いたくて会いたくて仕方が無くなった。何時になったら俺は女神様に会えるのだろう。そんな事を頻りに考えていた。
ベルクールが再び俺の部屋にやって来たのは翌日の夕方だった。彼は俺に持って来た服を差し出した。
「これに着替えなさい」
「分かっ…はい」
つい分かった、と答えかけて慌てて言い直した。俺はベルクールにまた嫌みを言われないように急いで自分の服に手をかけて着替え始めた。
服はベージュのズボンと白いシャツだった。ズボンは普通に穿けたのだけれど、シャツは何だかヒラヒラしていて上手く着ることが出来ない。それを見かねたベルクールが俺の方へと手を伸ばした。
「貴方がする事は分かっていますね?」
俺は昨日の事を思い出して「はい」と答えた。
「貴方は主の愛人となり、主を楽しませる事が仕事となります。自分の事を自分ですれば、他は簡単な雑務を手伝う程度で構いません。ただし、主に命令されればそれがどの様な事でも従うように」
「はい」
ベルクールの白い手袋をした手が、慣れた様子で首もとのリボンを結んでいく。白いシャツはレースがついていて女の人が着るような何だか可愛らしいものだった。
「今から貴方を主へと紹介します。くれぐれも主に失礼の無いように」
「っ、は、はい!」
やっとだ!やっと女神様に会うことが出来る!
俺の胸は激しく高鳴った。
あの美しい人の姿を見ることが出来るんだ!
「あ、あの…」
「何ですか?」
歩き出そうとしたベルクールを引き止めた。ベルクールが面倒そうに振り返る。それでも俺はこの数日間、知りたくて知りたくて仕方がなかった事を問いかけた。
「あの、ご、ご主人様のお名前は何と言うんだ…ですか?」
何とか敬語で言い直した。するとベルクールは俺を見て小さな吐息をついた。
「……マリア様です。マリア・グランディエ。王家とも血縁があるグランディエ家の主人です」
女神様の名前を聞いて俺の胸が熱くなった。
「マリア……っ!?」
俺が女神様の名前を呼んだ途端に、パシンと乾いた音と共に頬に痛みが走った。頬を叩かれたのだ。
「奴隷がマリア様の名前を気安く呼ぶな!」
ベルクールの瞳は俺を激しく睨み付けていた。