第5章 【伊武崎峻】言えなかったこと
動き辛い浴衣を着て、下駄を鳴らしながら歩くのは何年ぶりだろう。
峻と最後にお祭りに来たのが小学一年生の時だったから、もう六年ぶりになるのか。
茜や他の友達と一緒に来るときは、いつも動きやすさ重視で私服だったのに、今日は何故か浴衣を着て来いと言われた。
そう言われてから、今の私に着られる浴衣が家にないことに気付いて、初めはその約束をなかったことにしようと思っていた。
なのに、どこからその話を聞きつけて来たのか、お母さんがわざわざ、お祖母ちゃんの家に自分が昔着ていたのがあるからと教えてくれたのだ。
そこまで言われると着て行かない訳にもいかなくなる。
そして少しの不満を抱えながら、お祖母ちゃんの家にお下がりの浴衣を着せてもらいに行ったのがついさっき。
紺地に大ぶりの黄色い花が散りばめられた浴衣に袖を通して、朱色に近い赤色の帯を締めてもらっている時。
不意にお祖母ちゃんが話しかけてきた。
「今年は久々に、峻君と行くんかい?」
その問いかけに一瞬息が詰まったけれど、私は不器用な笑みを浮かべて『ううん……友達だよ』とだけ返した。
お祖母ちゃんが残念そうな顔で「そうかい…」と言うから、私も何だか少し寂しさを覚えた。
足を進めていくと、だんだん祭りの喧騒が近づいて来て、心なしか人通りも増えた気がする。
このお祭りは神社の手前の道路と、階段を上がった境内の中まで出店が続く、そこそこ大きなお祭りだ。
茜とは、下の出店の先の階段近くで待ち合わせているから、そこまでは一人で歩いて行かなくてはならない。
いつもと違う動き辛い浴衣では、出店の辺りに出来る人混みを抜けて行くのは骨が折れそうだと、一人溜息を吐く。
まぁこのまま行かないと言う訳にはいかないので、とりあえず足を動かすしかないのだけど。
子供の声や出店の人の呼び込みの声が響き、神社の方からは太鼓の音も聞こえて来る。
そんな通りを、既にわたあめやたこ焼きなんかを持った人が歩いていて、これぞお祭りと言った感じだ。
私も帰りに何か買おうと、甘いものを売っているお店に目を向けながら歩く。
チョコバナナにかき氷、たい焼きやベビーカステラの出店は見かけたが、私の好きな林檎飴を見つける前に、もう階段の近くまで来ていた。
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