第16章 時期外れのイベント
殺そうとしてきた数は数知れず、無数にあったらしい。
ある時は椅子を投げられ、ある時は蹴られ、
いつ、何をどうされるかさえも解らない状況が、常にそこにはあった。
だからこそ、身についた。
一瞬さえも気を緩められない環境だったから。
圧倒的な集中力も、光速の動きについてこれるぐらいの思考能力も、敏捷性も、感受性の高さも、
その光速の動きを全身に伝えられる反射も、神経も、どういなせばいいのかという判断力さえも…
敵意に敏感になれ、悪意に敏感になれ。
僅か一瞬の変化すら見逃すな。目で見えずとも感じ取れ。
できねば死ぬ。殺される。
動け。それも一瞬だけ。
相手に悟られぬように、最低限のみの動きで、全身を支配しろ。
その行き着く先が、ケイトが独自で編み出した『風月流』という武術だったらしい。
結果として、相手を無効化できる最小限の動きを、一瞬のみで放てるようになったそうだ。
だからこそ、体術の爺さんのそれを避け続けることができたらしい。
臨戦態勢になればわかる。全身が武器。センサー。防具。
そうともとれるほどのそれが、そこにはあった。
そしてそれには、育った環境が深く関連している。
僅かな感情の変化さえも見逃すことが赦されない。
夜中にでも職場での八つ当たりとして、殴る蹴る等の暴行をされる。
そして青あざが残って少しでも疑われれば、お前が悪いとまた殺されかける。
かと言って避けたら余計に手ひどくやられる。
父親が一切その手を緩めない中、全力での蹴りや殴りをし続ける間、あざが全く残らないようにしなければ再び殺されかける。
やめればいいのにという弁論は一切通じない。殺されかけるという手段しかとられない。
所有物なのだから殺しかけたっていい。自分の思い通りにならねば殺してもいいと思うような人間が、父親だった。
親権など、都合がいい時にしか言い出さない人だ。
そこに人権など与えられることもなく、発言もしてはいけない。無論抵抗もしてはいけない。
理不尽な環境に居続けた。
『おかげで身体が滅茶苦茶丈夫になったが
自身が抱く「周囲に対する信頼性」は0所かマイナス以下にまでなった』と言っていた。
誰も助けてくれない、助けを求めても信じられず、
嘘つき呼ばわりまでされて、いじめられ続けてきたから余計だろう。