第1章 王子、恋を知る。
レオンside……
カムイ兄さんのいる北の城塞へと向かっている最中、マークス兄さんがある少女を見つけた。
その少女が身につけている衣服は、暗夜でも白夜でも見かけたことがないもの。
ただ、街の者に比べて極めて裕福であろう身なりだ。
白夜からのスパイと言うには貧相な体躯や、丸腰であることを考えると、仲間に途中で置いて行かれた盗賊か、良い所のお転婆お嬢様だろう。
捕虜にする、とマークス兄さんは馬を降り、少女に歩み寄っていく。
とどめを刺してしまえばいいのに。
待ちぼうけを食らったような気持ちになった僕は、そんなことを思いながら欠伸を噛み殺した。
マークス兄さんが少女を抱いて戻ってくる。
少女はひどく安らかな表情で眠っていた。
呑気にも、すやすやと寝息をたてているではないか。
マークス兄さんは何の気なしに少女を抱いたまま馬に乗ったけれど、僕の視線は少女に釘付けだった。
艶のある美しい黒髪に、白夜の者らしい幼い顔つき。
白い肌に影を作るまつ毛が、風に震えている。
心の中が不穏にざわめいて、感じたことのないような熱が僕の全身を駆け巡った。
触れたい、彼女に触れてみたい。
「レオン」
ぼやっとしている僕に、マークス兄さんが喝を入れたので、平然を装って馬を走らせる。
彼女の黒い髪が風にたなびいて、またそれも僕の目を奪った。
北の城塞に着くと、兄さんは真っ先に少女を地下牢へ入れた。
あまりに冷たく固い石造りの牢へ、弱々しい少女を放置するのは些か気が引けたので、僕は兄さんが去った後、そっと布を敷いてやった。
きっとそんな、僕にしては珍しい優しさなんてものではなく、ただ単に少女に対する戸惑いがあったからの行動だ。
もしや起きはしないかと少し待ってはみたが、どうやらその可能性は無さそうなので急いで兄さんを追う。
少女を見たときに感じた気持ちのざわめきや熱の名前は分からない。
けれど僕は、確かに彼女が欲しかった。