第3章 夏
なぜいるの。
そう問いかけそうな言葉を飲み込み振り返れば、2人で共同で買った車…いつもは私が通勤で使っている車から、孝支が降りてきた。
「ど…どうしたの?孝支。」
「んー?今日休みだし久しぶりに飯でもって思って。ダメだった?」
「そんなことない。嬉しい。」
「…彼は?」
孝支が私の隣に目を向ける。
慌ててそちらを見れば、灰羽くんが孝支を睨んでいた。
「っ!紹介するね?彼は灰羽リエーフ君。今年入社の私の後輩。
灰羽くん?夫です。」
「菅原孝支です。文乃がお世話になってます。」
そう、にこりと笑う孝支と不機嫌な態度をとる灰羽くん。
「灰羽です。椎名さんには本当にお世話になってます。」
「今日はこれで終わりだろ?灰羽くん、途中まで送ろうか?」
私を挟んで会話が進んでいく。
怖くて、怖くて仕方がない。
貼り付けた笑顔の裏は恐怖でいっぱいだった。
「いえ、俺用があるので失礼します。」
そう言って、灰羽くんは私が声をかける前に背を向けて行ってしまう。
追いかけたい衝動に駆られたけれど、必死に我慢した。
「文乃?あの子…灰羽くんって本当にただの後輩?」
どきりと心臓が鼓動し、息が止まる。
「…どうして?」
聞くのが怖い。
問われることが、こわい。
「いや、仲よさそうに出てきたからさ。
前話に出てた教育係の後輩って…彼?」
「っ…そうよ。素直だし仕事覚えるのも早いし…
今年の期待株よ。」
そう、誤魔化すように喋れば孝支はにこり、微笑んだ。
「そうなんだ。いい後輩が入ってきてよかったなー。
じゃあ飯食いにいくべー。」
車に乗り込む孝支の背中。
それから目をそらし灰羽くんが歩いて行った方向を見たけれど、やっぱり灰羽くんはいなかった。
「文乃!早く乗って?いくべ?」
「あ…うん。」
助手席に乗りこみ、孝支と話はするけれど頭の中にあったのは、灰羽くんのことばかりだった。