第14章 単身赴任、残る。
「さあ、大人な話をしようぜ?椎名?」
そう告げた黒尾は至極楽しそうな顔をしていた。
そして私から体を離すと鞄から自前のタブレットを取り出し画面を見せる。
「前例がないからなかなか話が進んでなかったんだけどな、丁度いいわ。
お前さ、ノマドワーカーって知ってるか?」
ノマドワーカー。
今少しずつ浸透してきているオフィスに通勤せずWi-Fi環境のあるカフェ等で仕事を行う人たちのこと。
遊牧民のように、様々な場所で仕事を行うところからこの名前が付けられたらしい。
「まあ、知ってるけど…」
「うちの会社、近々これを導入したいらしいんだ。
でも頭が硬いじじい共から"サボる原因"だの"遊んでるようにしか見えない"だの言われててさ。
…で、賢い椎名チャンにはわかるよな?」
にやり
嫌な顔で笑う黒尾に私は渋々答えた。
「私が被験者第1号…ってことでしょう?」
「正解。会議だったり直接話が必要な案件はビデオ電話等でなんとかなる。」
「書類等のサインもタブレットでなんとかなるしね。」
「しっかし問題が、1ヶ月から2ヶ月に1回は本社に来てもらわなきゃならねーってことだ。」
こんなのいいことづくめでしかないじゃない。
仙台に行っても今の仕事を続けられる。
そして…
「旦那に嘘をつくことなく家を空けられる。
東京に来れる。」
「交通費に関しては、今回は数割負担になっちまうけど。」
「構わないわ。黒尾、ありがとう。」
ナイスな提案をしてくれた黒尾に向き合えば、黒尾がくくっと笑う。
「なあ、お前さ。
なんで俺がお前にこんなによくしてやってるかわかるか?」
口元を手で押さえ笑う黒尾に「同期…だから?」と差し障りのない答えを伝えれば、いつのまにか私の腰に回った手がウエストラインをなぞっていく。
「見返りがないならこんなことやらねえよ。」
黒尾の方に顔を向ければ、空いた手で押し上げられる顎。
黒尾の舌が自らの唇を舐める。
「さて、交換条件だ。
会社を辞めるか、俺と寝るか。
どっちが賢い選択だろうな。」
上等じゃない。
それくらい、乗ってあげるわよ。
「終電に間に合うように…ね?」
意味深に呟いた言葉は、唇に乗って黒尾に吸い込まれて行った。
外では沢山のネオンが輝いていた。