第14章 単身赴任、残る。
「2月いっぱいで辞めさせて欲しいんです。」
そう伝えた時の黒尾の顔は今までに見たことがない顔だった。
きょろきょろと周りを見たあと、黒尾は私を飲みに誘った。
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定時退社で黒尾と会社を出る。
連れてこられたのはお洒落な夜景の見えるバー。
話を通してあったのか、窓際にある個室に通された。
「へぇ、黒尾はこういう所で女の子口説いてるんだ。」
「茶化すなよ。…で、結局なんで辞めるんだ。」
「だから、旦那が転勤…」
「違うだろ。お前だったら旦那を言い伏せるだけの力があるだろう。
それだけ仕事に関しては男並みにしっかりやってきてたのを俺は見てる。」
ああ。
そんなに見ていてくれていたんだ。
申し訳なくて目を伏せる。
いつのまにか黒尾が注文をしていたらしい料理が届き、話は中断。
飲みものは私の好きなスパークリングワイン。
流石、黒尾だわ。
「で、さ。今回…言いたくないんだったら別にいい。
原因は灰羽か。」
流石、としか言えない。
本当によく見ている。
「そうよ。
私、旦那よりもあの子が好き。
でもそれが旦那にバレて、嫉妬に狂った旦那に此処に残ることを責められた。
だから辞めるの。」
喉を潤すために飲み込んだワイン。
乾いた喉と体にじわり、染み渡る。
「馬鹿でしょう?
仕事も、本当に好きな人も失ったの。」
馬鹿よね。
しゅわり、と泡立つワインを一気に煽るとメニューを確認しアルコールを注文する。
盛り合わせに乗ったチーズを口に含んでいれば注文したお酒が届く。
「ロングアイランドアイスティでございます。」
「ありがとう。すぐにもう1杯お願いできますか?」
店員さんが返事をして部屋から出ると黒尾の口から低い声。
「おい、椎名。」
「何よ。」
「俺のこと同期としか思ってねぇのは知ってるけど、男の前でんな度数高い酒飲むんじゃねえ。」
奪われそうになるグラスをすんででかわしぐいと飲む。
途中できたカクテルも直接受け取り、黒尾に文句を言われる前に一気に煽った。
かああっと胃が熱くなる。
「っ…!っの馬鹿!」
一気に飲む馬鹿がいるか!
そんな声が聞こえ、黒尾が机の向こうから近づいてくるのがわかる。
最初に出されたお冷のグラスを渡されたけれど拒否をすれば、黒尾がため息を吐いた。