第3章 殺し屋 ダリア
はぁっ、はぁっ、はぁっ、
まん丸い月が雲に隠され
闇を増した夜の町。
暗い路地裏を
息も絶え絶えに走る男がいた。
「クソッ、 どうして私が、 こんな目にっ‼︎」
そう悪態をつき、
大きく重たい身体を
必死に前へ前へと進める。
だが、消耗した体力に伴い
足の動きは徐々に鈍くなり、
切れた息を落ち着かせるべく
男は立ち止まる。
ゼェゼェとその場で
荒れた呼吸を繰り返していると、
路地裏奥の暗闇の中から
コツコツと足音が聞こえる。
『 困りますわ公爵
まだお話の途中でしたのに』
男の顔から血の気が引く。
それと同時に口元が小刻みに震え
カチカチと音が鳴る。
『女性が語りかけているというのに
途中で走り去るなんて…
紳士としてあるまじき行為だとは
思いませんか?公爵?』
雲に隠されていた月が
一時的に顔を出し、辺りを照らす。
緩やかになびく漆黒の長い髪に
晴天を思わせる碧眼。
ぷっくりとした紅い唇は
楽しげに弧を描く。
誰もが見惚れるであろうその風貌。
しかしそれには似ても似つかぬ程の
禍々しい空気を纏っていた。
「っひ‼︎ く、来るな‼︎
わ、私が一体、何をしたというんだ‼︎」
迫り来る恐怖から逃れようとするも
身体は思うように動いてはくれず
後退りするので精一杯だった。
「お、お前は何者だ⁉︎何が目的だ⁉︎」
『あら、先ほど申し上げたでしょう
クライアントからの依頼を遂行するべく
参りましたと』
「だからとて私が命を狙われる
理由にはならん‼︎それに
そのクライアントとは誰だ⁉︎」
『生憎、クライアントの情報を
お教えする事は出来ませんの
私のルールにも反するものですから』
後ずさっていた男の背に壁が当たる。
それと同時に彼女も歩みを止めた。
「か、カネをやる‼︎いくらでも‼︎
これでも町一番の大富豪だ!
お前が望むだけ渡そう‼︎
だからっ…命だけはっ‼︎」