第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ②
「美蘭っ…!おまえはなんて馬鹿なことを…っ!」
美蘭が自分に抱きついて庇ってくれなければ、白蛇が自分の首に噛み付いていたことは必至。
秀吉は堪らない気持ちになり、美蘭を胸に抱き寄せた。
腕の中の美蘭の髪をかきあげ首筋を見れば、まさに今噛まれたばかりの傷口から、薄っすらと血が浮き上がっていた。
その傷口とともに、謙信に口付けられてつけられた紅い花も視界に入り込み、モヤモヤとした思いに苛まれたところに
「秀吉さんは日ノ本に必要な人なんだから…守れたなんて光栄…だよっ…。」
腕の中では、愛しい女が自分を心配させまいと強がりを言って笑顔を向けてきた。
視覚からも、聴覚からも、心を掻き乱された秀吉は、
絞り出すように
「…っ。……毒…吸い出すからな。辛抱しろよ?」
そう言って、美蘭の首に吸い付いた。
「…あ…っ…。」
噛まれた箇所のジンジンとした痛みのまわりに、吸い付いた秀吉の唇の、柔らかな粘膜の感触が広がり
その感触は、美蘭の身体に、謙信が夜毎与えてくれる甘い甘い痺れを思い出させ、
思わず甘い吐息をこぼしてしまった。
(…まったく…何て声を聞かせるんだ…。)
ほんの少し漏れ聞こえただけの声だというのに、愛しい女の艶やかな声は、秀吉をゾクゾクさせたが
必死に平常心を保ち、
毒を吸い出して吐き出す作業を繰り返した。
毒の吸い出しを終えると
秀吉は狼煙を消し、ぐったりとしてしまった美蘭を背負い、また西を目指した。
「重いのにごめ…あ…ありがとう…。秀吉さん…。」
「なーに言ってんだ。どこが重いんだ?軽すぎて心配なくらいだぞ?春日山で…きちんと食事とれてないのか?」
「そんなこと…ちゃんと食べてるよ?秀吉さんは相変わらず心配性なんだね。」
「心配に…決まっているだろう?」
あの蛇の毒の特性などが詳しくわからないため、
意識を失わせるのを恐れ、
秀吉はわざとくだらない雑談をしながら藪の中を進んで行った。
こんな緊急時であるにもかかわらず、
背中に感じる愛しい体温に
胸を高鳴らせながら…。