第11章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜露天風呂 後編〜
こちらです、と案内された廊下の突き当たりの部屋から、複数の人間の気配が漂っていた。
逸る気持ちで、部屋の中に乗り込もうと思った
その時。
聞こえて来た信長の声に、謙信は凍りついた。
「美蘭、その涙は何だ。貴様は幸せではないのか?返事によっては、貴様を上杉から取り返す。」
(…何を申すか!)
怒りが溢れ出し、
直ぐ様乗り込んでやる!と思った謙信だったが
「美蘭様は貴方に隠れて泣いていますよ。」
「……っ!」
三成の一言に、
謙信の心は激しく揺れた。
「ちょうどいい機会じゃありませんか。美蘭様が何故1人で泣いておられるのか…このまま確認されてはいかがですか?」
優しい声色であったが、
三成の放つ殺気から、それが提案ではないことはすぐにわかった。
自分に隠れて泣いているだと?
謙信は、幸せだと笑う美蘭しか知らなかった。
何がいったい美蘭を追い詰めているというのだ。
…自分への不満だろうか?
沈黙がその肯定のように思え、焦燥感に身を焦がした。
しばらくして
「………幸せです。」
美蘭がポツリと呟いた。
謙信は、一瞬胸を撫で下ろしたが、
次の言葉に息を飲んだ。
「でも…怖いんです…。」
(…!!!)
「何を恐れている?」
信長が問いかけると、
美蘭は、
「人質だった時。謙信様との距離が近づいたと思った時…わたしのことを考えて下さった謙信様は、わたしを手放そうとされました。」
小さな声で 話し始めた。
「突然冷たく突き放されて…訳がわからなくて…身が引き裂かれるほどに悲しかった…。
今は本当に幸せなんです。でも…ほんの少しのことがきっかけで、あの、冷たく突き放されたときの悲しみが蘇ってしまって不安になるんです。」
「ほんの少しのこととは…例えば領主の娘が上杉に付きまとったり、その娘と上杉が2人で消えたり…そういうことか?」
片方の眉を上げニヤリと笑いながら、光秀がそう言うと、
「…!!…っ…なんでそんな意地悪を言うんですか?」
半べそで突っ掛かる美蘭に
「意地悪ではない。事実であろう?」
光秀は更に追い討ちをかけた。