第10章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜露天風呂 前編〜
「本当に行かないのかよ。」
「かなり美味しいという評判みたいだよ。」
信玄が甘味を食べないと死ぬと大騒ぎしたため、謙信の昔馴染みの甘味屋に名物のわらび餅を食べに行くことになったのだが。
「お弁当を食べ過ぎちゃったので…まだお腹いっぱいなんです。皆さんで召し上がって来てください。」
幸村と佐助は誘ってくれるのだが
どちらかと言うと胸がいっぱいな美蘭は、正直、今はみんなで出掛ける気分ではなかった。
「天女がいない甘味屋なんて…甘味が半減してしまうな。」
「ならば止めるか。」
本当に行くのを止めそうな謙信の物言いに、ギョッとした信玄の顔が可愛く見えてしまった美蘭は、
くすくすと笑いながら言った。
「謙信様、意地悪しないであげて下さい。」
穏やかな美蘭の表情に安心した謙信は、
「お前の頼みとあれば仕方ない。此奴らを連れて暫し出掛けてくる。…土産を買ってくるからな。待っておれよ?」
謙信は、人目もはばからず美蘭の額に口付けた。
「はい♡…ゆっくり楽しんできてください。」
「つか…人前だろーが!」
「慣れとは恐ろしいですね。」
「俺たちが空気かなんかになったのか…。」
「なってねーし!」
謙信たちを見送り1人になった美蘭は、
ゴロンと布団に寝転がった。
こんなに愛してもらっているのに
不安は消えない。
それはきっと自分が不甲斐ないからなのだ…と
胸がキリキリと痛んだ。
(人を愛することって…こんなにも苦しいことなんだ。)
愛しい人を想う分だけ伴う不安。
徐々に眠気に誘われてきた美蘭。
目覚めたら、
またあの冷たい視線の謙信になっていたらどうしよう…
謙信の愛を実感しながらも
繰り返し思い出されるあの悲しい感情。
深い眠気に誘われた美蘭は、
(全てを忘れたい)
…そんな気持ちで
夢の中に落ちていった。
恋知りの謌【謙信】番外編
〜露天風呂 前編〜
完
→露天風呂 後編に続く