第10章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜露天風呂 前編〜
「ああ、あの可愛らしい女剣士さんですか。」
…三成のその一言が、今まで必死に強がってきた美蘭の心を打ち砕いた。
「…?!美蘭さん??!」
美蘭の瞳から、大粒の涙が一粒流れ落ちた。
謙信に愛されている実感は、存分にある。
だが、
こうした満たされた気持ちから、謙信によって突然絶望の淵に突き落とされたあの経験が、どうしても心から消えてなくならないのだ。
愛されていると、わかっているのに、いざとなると、不安に負けてしまいそうになる自分自身にも嫌気がする。
…椿に会ってから、
そんな不安な気持ちと心の中で独りせめぎ合ってきていたのだが、
昔馴染みの知り合いなのだから、と。
謙信が弟子だと言っていたのだから、と。
気持ちを必死に奮い立たせてきた。
だが、三成の一言に
椿が魅力的な女の子であることを証明された気がして
美蘭の心の中に必死に堰き止めて来た不安が、大きな波となって押し寄せた。
「お前…ッ!」
ちょっと揶揄ってやるだけのつもりが、泣くほど不安にさせてしまったとは…
慌てた政宗は、
思わず目の前の美蘭を抱き締めた。
安土では、よく政宗に揶揄いがてら抱き締められた。
久しぶりのその感覚は、
…懐かしくて。
故郷に帰ったような安心感に
「う…っ…まさむねぇ…っ…ッ」
涙が溢れ出た。
肩を震わせ、声を押し殺して泣く美蘭を抱き締めながら、政宗の中に怒りが湧き上がってくる。
(上杉の野郎…!何やってやがる!)
美蘭が幸せになるならば…と、
安土の武将達は大人しく見送ったのだ。
それが、こんな程度の揶揄いに揺さぶられるほど脆い結びつきなのか?…と腹わたが煮えくりかえった。
「お前…幸せじゃネェのか?」
抱き締めたまま、政宗が聞くと
「ううん。大好きな人と一緒にいれて…幸せだよ。」
美蘭はそう答えた。
「……じゃあ…大事にされてねェのか?」
納得いかない政宗が更にそう問いかけると、
「ううん。大事にしてもらってる。でもまだ少し夢みたいで信じられなくて。わたしがそんなだから…きっと心配になるんだと思う。」
美蘭は、ポツリと、そう答えた。