第10章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜露天風呂 前編〜
湯治場では、穏やかな時間が流れていた。
美蘭は、
草原に敷物を敷いて、美しい草花に囲まれ、野鳥の声を聴きながら刺繍をしていた。
信玄、幸村、安土の武将達。お世話になったそれぞれに対する感謝を込めて、刺繍入りの手拭いを贈ろうと思い、目下製作中なのであった。
一国の主である謙信は、軍神を慕う吹田軍の武将達、湯治に来ている他国の大名…いろいろな関係筋から様々な声が掛かる。
今もまた、吹田軍の稽古に指南役として招かれている。
椿の存在が気になり、ほんの少し表情に影を落とした美蘭を気遣った謙信が、この草原に連れてきてくれたのだった。
「んん〜っ!肩凝ったっ!」
時間を忘れて刺繍に夢中になっていた美蘭は、凝り固まった肩に血流を流してやるように両手を空に向けて伸ばしながら、後ろにひっくり返った。
目に映るのは真っ青な空。
流れる雲を眺めて深呼吸していると
「そんないやらしい声出してこんな所に寝っ転がってると…襲われても知らねェぞ?」
覗き混んできたのは
「…政宗!」
差し出された手に素直に手を出して、起き上がらせてもらうと
「三成くんも!」
三成も一緒だった。
美蘭は、慌てて手元の作りかけの手拭いを、手提げ袋に隠し入れた。
「ふ…2人でお散歩?!」
内緒で作って驚かせたい美蘭は、2人の目線が手拭いに向かぬように、必死で話題を探した。
「…ん?まあ…な。」
まさか信長から、上杉と美蘭の様子を探って来いと言われたとは言えない政宗も、話題を探した。
「お前、こんな所で呑気に転がってていいのか?」
政宗の方が、先に話のネタに辿り着いた。
「…え?」
「鍛錬場にいる上杉には、いっつもあの小娘が張り付いてるぜ?」
「…っ!」
政宗の言葉に、
美蘭の胸はドクリと波を打った。
「ふう…ん…」
喉がカラカラに乾くような感覚を堪えながら適当に答えると
「あれくらいの年頃の女は結構面倒くせぇぞ?」
過去の苦い経験を思い出すように政宗が言った。
「……女?ですか?」
話についてこれない三成の呟きに
「椿って…大名の娘のコトだ。」
政宗が説明するように答えると
「ああ、あの可愛らしい女剣士さんですか。」
三成はやっと理解したようだった。