第9章 恋知りの謳【謙信】湯治編 〜月夜の宴〜
謙信は、
気を失って果てた恋人の身体を拭いてやり、浴衣を着せてやると、丁寧に褥に横たえた。
そして
自分も身支度を整えて、隣の部屋に戻ってみると
信玄が1人で、
月を眺めながら酒を飲んでいた。
「幸と佐助には刺激が強過ぎるから…風呂に行かせた。」
2人の交わる声は、漏れ聞こえていたらしい。
「…気を使わせたか。すまぬ。」
謙信は、信玄の隣に腰を下ろし、自分に酒を注いだ。
月と会話しているかのように
暫し無言で
飲んでいた2人。
「…あんな愛らしい顔で笑うんだな。」
信玄の呟きが、静寂を破った。
「ああ。」
謙信の腑抜けた笑顔に、信玄は片方の眉を上げた。
「春日山で賭けをしていなくて、あんな顔を無防備に向けられていたら…襲っていたかも知れん。」
ため息まじりに言いながら酒を口に運んだ信玄。
「裸にはしただろう。」
「…ぶは!」
思わぬ切り返しに、酒を吹き出した。
「2人に隠し事はないってやつか。……ああ…そんなこともあったな。伊勢姫の話をもっと聞かせて欲しいと…お前のために必死な天女を困らせたくて、裸を見せたら教えてやると言ったのだ。」
「…!」
「普通断るよな?だが、そこまでして、お前を知りたいと言うし…俺も裸は見たいしな?話してやったのさ。」
当時の自分が、美蘭に酷い態度をとっていた自覚がある謙信は、あんな時でさえ、美蘭は自分のことを一途に思ってくれていたのか…と、
泣きたいような気持ちで、胸がいっぱいになった。
そんな内心はおくびにも出さず、
また酒を注いでそれを喉に流し込みながら、謙信は言った。
「何もしないと言ったお前を信用していたらしい。」
「……ハッ。男がそんな信用されたら終わりだな。」
今度は、信玄が泣きたい気分だった。
美蘭は謙信のモノだ。
わかってはいるが、
この湯治場で賭けを抜きに接した美蘭は、想像を遥かに超えた可愛らしさで。
膨れ上がっても行き場のない気持ちが、また大きくなっていた。
だが
今聞かされた話しで、
自分は美蘭にとって男としては論外なのだと
再確認せざるを得なかった。