第8章 恋知りの謳【謙信】湯治編 〜湯治場へ〜
「着いたぞ。」
朝起きると突然、遠出するぞ、と言い
朝餉を済ませると美蘭を馬に乗せた謙信。
野を超え、山を越え、
2人で景色を楽しみながら馬を走らせ、
そろそろ昼餉の時間になろうかという頃、
そこに到着した。
「…関所…?ですか?」
目の前に現れたのは、歴史の教科書などで見たことがある、大きな門に行く手を阻まれた、まさに関所のような周囲を塀に囲まれた場所。
「…言い得て妙だな。」
呟く謙信に促された…いつの間にか脇に控えていた佐助が、馬から飛び降り小窓から中に何やら声をかけると、
目の前の大きな門が内側から此方に向かって、ギイィィ…と、開け放たれた。
「お待ちしておりました、上杉様。」
門の内側にいた2人の門番が深々と頭を下げた。
「わぁ…♡」
その先に見えた景色に美蘭は感嘆の声をあげた。
綺麗に手入れの行き届いた木々や花々。
流れる小川に、
茅葺屋根の水車小屋。
ただの領地というよりは…
500年後の世界で言うところの、テーマパークのような景色であった。
「吹田殿は御殿か?」
「左様にございます。」
「わかった。行ってみる。案内はいらぬ。」
「かしこまりました。」
門番と話した謙信は、また馬を進めた。
「ここは吹田という大名の土地なのだ。」
「吹田様…?初めて聞きました。」
「どこの軍にも属さず、『永久中立の地』であると宣言しているからな。軍議などでは先ず聞くまい。吹田はこの領地を湯治場として開放していて…上杉家は何代も前からここを利用している。」
「そうなんですか。」
「馴染みの場所にはお前を披露して回らねばな。此度(こたび)はここだ。」
「……!」
抱き合って愛を囁き合う時間も幸せであるが
美蘭の知らない謙信の世界に、謙信が美蘭を招き入れてくれることに、大切な存在として扱ってもらえている実感が、胸にジワリと広がった。
「戦が弱いわけではない。いつ何時奇襲を受けようが太刀打ちできるよう…いや、襲おうという気を無くすほどの軍を備えていてな。日頃の凄まじい鍛錬に混ざるのも楽しみなのだ。」
内容が内容だが、
嬉しそうに話す謙信が、すこし可愛く見えた。