第1章 01
緊張で乾いた唇をゆっくりと開く。
水分を求めてごくりと喉を上下させた。
「もう隠さない事にしたんスよ」
他の乗客の話し声や再び流れるアナウンスがどこか遠くに聞こえる。
今しっかりと耳に入ってくるのは自分の心臓の音と俺と君の二人分の呼吸音。
昨日までの自分とはここに来る前に別れを告げてきた。
だからこそ俺は今ここにいる。
そうだ、もう隠さない。
「俺、苗字さんが好きだよ」
時が止まった気がした。
動いているのは窓から見える景色だけで、ここには俺と君の二人きり。
二人だけの特別な空間のように感じた。
丁度ボール1個分ほどの君との距離。
意気地のない俺がありったけの勇気を出してここまで詰めた。
あともう一歩、ボール1個分近付く為に右手を差し出した。
走り続けていた電車の速度が緩やかになっていく。
あぁ、別れの時が近付いている。
例えここで別れても、どんなに離れる事になっても、君の一番近くにいるのは俺でありたい。
ずっとずっと好きだった。
だからお願い、どうか俺のこの手を掴んでみせて。
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